一級建築士に聞く、50代以降が小さなリフォームを成功させる心得。
イラストレーション・小泉理恵 文・小沢緑子
これからリフォームを考えるとき、“体に優しく暮らせる”要素が欠かせない、とシニア世代の物件を多く手掛ける一級建築士の水越美枝子さん。
「たとえば冬は暖房をつけても足元が冷える、夏は冷房が効かないなど、家の中の寒さや暑さを我慢している人がとても多い。今の住宅は高断熱が標準ですが、20〜30年前の日本の住宅は断熱材の活用が不充分。まずは家全体の断熱性能を高めることが重要です」
「家事動線」と「収納」の見直しも大事。
「家事や片づけをするたびにムダにあちこち動き回らずに済むようになれば、一日中、家事に追われることなく余暇も増えます」
さらに、年を重ねたら趣味などに使える
〝自分の居場所〟を作ることも積極的に。これまで家族中心に住まいを考えてきた人も、50代以降は夫婦それぞれ“自分の時間”を充実させる発想に転換することも必要という。
「家の居心地がよくなれば、ますます人生後半が彩り豊かなものに変わっていきます。今がリフォームの始めどきですよ」
体に優しい住まいにする。
家の中の寒さや暑さを改善するうえで、最も手軽で効果も感じられるというのが「窓」のリフォーム。
「今ある窓の内側にもう1枚窓をつけて『二重サッシ』にすると、2枚のサッシの間に空気層が生まれて外気温の影響を受けにくく、家の中の温度が1〜3度変わってきます」。
つまり、暖房で暖めた空気や冷房で冷やした空気が外に逃げにくくなるため、冬は暖かく、夏は涼しく過ごしやすい家に変わる。
「断熱性と気密性も上がり家じゅうの温度差が小さくなるため、冬は寒暖差から起こりやすいヒートショック、夏は室内でも生じやすい熱中症対策にも。さらに二重サッシは防音、台風など自然災害からの防災にもつながります」。
窓の断熱性能を高めるリフォームは今、省エネの観点からも国が推進。「今年も補助金制度が利用できるので積極的に活用を」
家事がもっとラクになる動線、家電導入も一案。
家事をラクにするためには「家事動線」の見直しが近道。
「大がかりな間取りの変更を行わなくても、家電を導入するだけでもかなり家事動線は改善します」。
まずお勧めしたいのは「洗濯乾燥機」。
「洗濯は〝洗う、干す、取り込む〞作業を家じゅう移動しながら行う=家事動線が長い家事の代表ですが、それらの作業が洗濯乾燥機を使うことで1カ所で完結。家族が使うタオルや下着の収納も近くに置けば、さらに手間も省け時間も短縮」。
ほかにも調理の後片づけは「食洗機」、気がついたときにちょこちょこ掃除ができる「コードレススティック掃除機」を取り入れると、移動距離はますます短縮される。
「家事動線は短くなるほど、効率が上がります。それに家事をするたびにあちこち歩き回る距離が減れば体への負担も軽くなるので、この3つの家電は親世代にもおすすめです」
居場所を追求する。
「子どもが独立した後の部屋をそのまま残したり、あるいは物置にしている人も多いのですが、思い切って〝自分たちの部屋〞として使う決断をすることも、今後の価値あるリフォームだと思います」。
たとえば、家具を移動させたり、部屋を半分に区切るなどしながら、書斎や趣味のアトリエなどに有効利用する手も。
「最近、50代、60代になるとパートナーのいびきやエアコンの温度設定の違いからよく眠れない、あるいは寝る前に本を読んだり、音楽を聴いたり好きに過ごす時間が欲しいなどという理由で、空いた部屋を利用して夫婦の寝室を別にするケースが増えています。ただ、もっと高齢になると別室では互いの体調の異変に気づかないことが心配で、また一緒の寝室に戻す人も。その時々の生活に応じて、柔軟に上手な使い方をしていくのがいいと思います」
収納のストレスを減らす。
収納の見直しは、「〝何がどこにあるのか誰でも明快にわかる〞ように改善を。そのためには『使う場所=しまう場所』と一致させること。すると家族も出し入れがしやすくなり、自然と片づく家に変わります」。
ダイニングなら、食器やカトラリーなど食卓側で使うものすべて、またそこで書き物をすることが多ければ文房具も同じ収納家具にまとめておく。
「開けたときに、上からひと目で中を見渡せる引き出しタイプが収納力もあり便利です。テーブルに座ったまま、手を伸ばせば届く範囲に置くこともポイント」。今ある収納を活かしきるために棚を増やし、〝収納の高密度化〞を図る手も。「収納にムダな空間があれば、CDケースなど何か支えになるものを何枚か置いてその上に棚板を足すだけでもかまいません。簡単に空間の稼働率を上げることができます」
老後を見据えて準備する。
家事動線に加え、「身支度動線」の改善も住み心地のよさを高める要素という。
「特に洗面所は朝晩の洗面や歯磨きのほか、身支度を整えるために一日のうち何度も使う場所。2階に寝室がある場合、身支度動線を短くするために2階にも小さな洗面コーナーを設ける提案をよくしますが、年齢とともに階段の上り下りが負担になるので、『予想以上に日常生活がラクになった』と言われることが多いです」。
さらに、どうせリフォームをするなら、「50代でも将来に備えて床の段差を解消するバリアフリーリフォームや、玄関の上がり框、トイレに1本手すりをつけておくのがいいでしょう」。
年々、老眼などの影響で薄暗い場所だと物が見えにくいと感じる場合は、「薄暗いとストレスになりますし、安全面においても明るさは大切。照明を追加することも必要だと思います」。
『クロワッサン』1112号より