海の漂着物に秘められた物語やロマン、ビーチコーミングについて話そう。
知ればきっと行きたくなる海の話。
撮影・小川朋央 文・嶌 陽子 構成・堀越和幸 撮影協力・バックグラウンズ ファクトリー
浜辺に打ち上げられた漂着物を拾ったり観察したりする「ビーチコーミング」。その魅力を語り合うのは、20年以上漂着物の研究を続けている鹿児島大学の藤枝繁さんと、長年海の近くに暮らし、ビーチコーミングを楽しんでいるイラストレーターのまつくらくみこさん。それぞれのコレクションや、印象に残ったエピソードなどで盛り上がった。
藤枝繁さん(以下、藤枝) まつくらさんは何がきっかけでビーチコーミングを始めたんですか?
まつくらくみこさん(以下、まつくら) もともとサーフィンが好きで、海にはよく行っていたんですけれど、ビーチコーミングを始めたのは子どもが生まれてから。30年ほど前から海の近くに住むようになったので、子どもが小さかった頃、よく一緒に海岸を散歩してはいろいろなものを拾って、それを使って工作していたんですよね。
藤枝 今もご自身で作ってらっしゃるんですね。可愛らしい。
まつくら 遊んでるだけなんですけどね。藤枝さんは、いつから漂着物を集めたり研究したりしているんですか?
藤枝 鹿児島大学水産学部の助手をしていた1997年、ナホトカ号重油流出事故が起きました。学生たちと一緒に京都の海岸で重油回収のボランティア活動をしたんですが︑その時、中国や台湾から流れ着くごみを見つけて、鹿児島に戻ってからも拾うようになって。そのうち「どこから来るのか」といったことが気になって、漂着物ライターを使った調査を始めました。最初はちょっと調べるつもりが、気づいたらどっぷり浸かってしまいましたね。
まつくら ものすごい数のライターを集めたんですよね。
藤枝 いろいろな人に協力してもらいつつ、日本の約1200の海岸で8万本のライターを集めたんです。
まつくら 8万本! どれくらいかかったんですか?
漂着ライターから分かった漂着物の流れ。
藤枝 12年くらいですかね。ライターってお店の名前や電話番号が印字されてたりするものもあるでしょう。ネットで住所を調べて、どこから流れてきたものかを特定し、漂着物の流れを調べたんです。結果的には海洋学で明らかになっている海の流れ(上の図)と一致したんですけど。
まつくら 海の流れをライターで証明するなんて、本当にすごい。漂着物学会の事務局長もされてるんですよね。これはどういう学会なんですか?
藤枝 流れ着いた種子を専門に研究している人もいれば、化石の専門家もいる。海洋学、生物学、文化人類学、歴史、環境学など、さまざまな分野の研究者や芸術家もいるんです。会員は全国にいて、漂着物に興味がある人なら誰でも入会できますよ。
形を変えたり、時代を超えたり。
漂着物はタイムマシンです。
骨やウルトラマン、長財布まで。 漂着物は、実にさまざま。
藤枝 まつくらさんはどんなものを拾うことが多いんですか?
まつくら 貝殻や石、シーグラスとかですね。陶片を拾った時は「いつの時代のかな」なんて考えます。
藤枝 陶片のコレクション、模様がきれいですね。普段から陶片を狙ってるんですか?
まつくら いや、特に狙ってはいないですね。きれいだなと思ったものを拾っているだけなので。私の場合、拾ったものを組み合わせて面白い形を作ることのほうが楽しいんだと思います。
藤枝 海で拾うものって一つとして同じ形のものはないですからね。それで何かを作る楽しみも漂着物の魅力の一つだと思います。
まつくら 藤枝さんは主に何を狙っているんですか?
藤枝 ライターの収集と研究は終わって、引き続き海ごみの研究をしつつ、個人的には最近ウルトラマンを狙ってます。でも、長年ライターを集めてたので、今もつい癖で拾っちゃうんですよね。ライターを探さないように気をつけながらウルトラマンを探してます。
まつくら あははは。ウルトラマンも少しずつ集まってきてますか?
藤枝 これまでに集めたのはウルトラマンの人形や歯ブラシ、お菓子のパッケージなど。どのウルトラマンかも調べたりするんですが、分からないのもあって。謎の星からやってきたな、みたいなのもあります。
まつくら それにしても藤枝さんのコレクションはすごいです。ウルトラマンだけじゃなくて、骨や貝、石、ガラス、それに入れ歯まで!
藤枝 でもこれは20年くらいかけて集めたものですからね。「よっしゃー!」と思えるくらいのものを拾うことは滅多にないです。だけど、一度そういうものを拾うとやめられない。「今日こそ何か見つけられるかも」と思って海に行っちゃうんですよ。
まつくら 探す時のコツみたいなものってあるんですか?
藤枝 ターゲットを一つだけに絞るよりも2〜3個決めておいたほうが見つけやすいんですよ。そのうちの一つを見つけてしゃがんだ時に、ふっと周りを見るともう一つ目に留まることがあるので。ちなみにライターだけは、今まであまりにもたくさん拾ってきたので、今では砂に埋もれていてもほぼ分かるようになりました。
まつくら (笑)。ほかの人とは違うアンテナが立っているんでしょうね。漂着物を探す時は、特別な装備をしていくんでしょうか。
藤枝 ごく普通の格好ですよ。軍手もしないですね。最初に触った時の、硬いとか冷たいとか痛いとか、“ファースト触感”を楽しみたいので。
まつくら そこまで楽しんでいるとは! 今まで拾ったものの中でびっくりしたものってありますか?
藤枝 先が割れている円筒形のプラスチックがあって、何に使うんだろうと思っていたんですが、ある人に聞いたら狩猟に使う散弾銃の薬莢の蓋だって分かりました。その後、本物の実弾も拾って、あれはびっくりしたな。
まつくら 私は前に一度、長財布を見つけたんです。ものすごく分厚かったので、中に大金が入っていたらどうしようと、事件性があるかもと思ってドキドキしながら開けてみたら、砂がたくさん入っていて、海水で皮がふやけて分厚くなっていただけでした(笑)。
藤枝 私は川にも時々行くんですが、川辺に落ちているものって面白くないんですよ。ごみになりたてのものが多いから、形も変わっていなくて。
まつくら なるほど、海の場合は時間というのが大事なポイントですよね。
藤枝 シーグラスみたいに波や砂で削られて形が変わったり、昔のものが長い時間をかけて漂着したり。漂着物はタイムマシンなんです。
まつくら そういえばこの前、海辺を歩いていた時に、昔よく見たおしっこ人形を見つけたんです。思わず写真を撮っちゃいました。
藤枝 昔使われていたガラス製の浮きや飲料の瓶なんかも見つかりますね。
まつくら シーグラスの破片やプラスチックの蓋に文字が書いてあることがあって。判読はなかなかできないんですが「何かな」とか「何の蓋だったんだろう」って考えますね。
藤枝 答えは出ないことが多いけれど、自分で考えるのが楽しいんですよね。
まつくら 私は主に近所の海に通っているけれど、藤枝さんはものすごくたくさんの海に行ってるから、見てきたものもさまざまなんでしょうね。
藤枝 そうですね。海外にも行っていますよ。アラスカの海岸には巨大な流木がたくさん漂着していたし、ハワイは粉々のプラスチック片ばかり。海流の向きなんかで漂着するものが違ってくるんでしょうね。いろいろな海岸に行くことも、ビーチコーミングの楽しみの一つだと思います。
年々増えるプラスチックごみ、その多くは街や川から来ている。
まつくら 最近は、海岸に小さなプラスチックの破片が増えたなあと思います。すごくたくさん見かけるんです。子どもと一緒にビーチコーミングをしていた30年ほど前は、こんなになかったですね。シーグラスや陶片なんかはありましたけど。
藤枝 1990年代、日本の海岸で一番多かったごみはタバコのフィルターでしたが、2000年代になってから、プラスチック破片が1位になったんです。それ以来ずっとそうですね。
まつくら ペットボトルの蓋みたいなものもありますけど、もっと細かい破片も多いです。
藤枝 マイクロプラスチックは海に流れ出た時から細かいものもありますが、大きなプラスチック製品が海を漂う間に紫外線に当たって劣化し、粉々になったものも多いですね。
まつくら これだけ海に人が遊びに来ているんだから、皆が拾えばごみはもっとなくなるのにっていつも思うんです。海岸の出口にオブジェみたいなものを置いておいて、皆が拾ったプラスチックとかを貼り付けて帰ったらアートにもなるし面白いだろうな、なんてことを考えたりもします。
藤枝 実は海のごみは川や街から来ているんですよ。海にごみを捨てなければいいという問題ではなく、街中からのごみの流出を減らすことが大事なんです。でも、もちろん海のごみを皆が拾ったら海岸はきれいになりますし、きれいだなとか面白いなと思ったものはそっとポケットに入れればいい。
まつくら 私は海に行く時にごみを入れる用と気に入ったものを入れる用の2つのビニール袋を持っていきます。
藤枝 そう、それがいいですよね。
まつくら これからはビーチコーミングがさらに楽しくなりそうです。今までは「海辺にあるもの」を拾っているという感覚で「漂着物」という概念は頭になかったかも。でも、今日の藤枝さんのお話を聞いて、どれも時間をかけて海を流れてきたものなんだなと思いました。どこから来たのか、いつのものなのか、もっとじっくり海辺のものを観察したくなりましたね。
藤枝 ぜひいいものを見つけてくださいね。他人から見たらごみでも、自分がときめけば、それは宝物。私も謎のウルトラマンを探し続けます!
拾った陶片がいつの時代のものか、想像してみるのも楽しいですね。
『クロワッサン』1081号より