『うきよの恋花 好色五人女別伝』著者、周防 柳さんインタビュー。「現代感覚でも納得のいく話を作りたかった」
撮影・岩本慶三 文・中條裕子
「現代感覚でも納得のいく話を作りたかった」
ここで語られるのは、不義密通、心中といった、世俗の色と恋にまつわる生臭い話である。元となったのは、天下も平らかとなった時代に、井原西鶴がまとめた浮世草子。
誕生のきっかけは、居酒屋での編集者とのたわいもない世間話だった。女性週刊誌が話題に上がり、「いつの世も他人の不幸はおもしろいという心性は変わらず、古典でもあるよね」という話に。そこからいろいろ調べて、西鶴の『好色五人女』に行き着いたのだという。
ただ、当時は世間を賑わせた一大ゴシップであったそれらの話が、舞台に長くかけられ、語られ続けるうち、今や定型的になっている感も。それを再び生々しく現代に甦らせたのが本作だ。
「西鶴の浮世草子も、登場するのは実在の人であっても内容は実話ではないはず。だから、忠実に原本に則る必要はないんだと割り切って。それより、曲がりなりにも処刑された人たちには相当するだけのことがあったんだろう、と」思い切って全く違う話にしたのだと語る、周防柳さん。言葉のとおり、現れる女や男たちは、新たな血肉を得て、より真に迫った濃密な生き様を見せてくれる。
事件の真相がきちんとわかる、八百屋お七の話にしたかった。
たとえば、第一話で語られる八百屋お七。可憐な振り袖姿で一心不乱に櫓で半鐘を叩く、歌舞伎の舞台での姿を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。若いが故の一途で愚かな恋心から火付けの大罪を犯してしまう、というのがその筋書きだ。けれど、なぜ火炙りという残酷な刑罰を、ただ一人受けなければならなかったのか。
「五人の中で事件そのものに一番不審な感じがして、きちんと真相がわかる話を作ってみたいと思ったんです。これなら火をつけるよね、と読む人を納得させたかった。諸国の不義密通をした不埒な女たちの噂話を集めてみたらウケるんじゃないか、と考えた西鶴の企画はおもしろい。けれど、現代の我々からすると、一話一話になるほど感が薄いのが残念だったので」
どうせやるなら今読んでも「なるほど」と響くような話に改変してしまおうと、生まれたのがこのお七だったのだ。読み始めの若い女の一途な恋心から一転、不穏な成り行きに読み手は度肝を抜かれること間違いなし。一見知っているかと思われた世界が反転し、ぐいと物語に引き込まれてしまう。
「嘘というのは、ドキュメンタリーより高度な心性なんですよね。不誠実とも言えるけど、やっぱり人間ならではのすごい高度な文化。嘘をつく動物は人間だけですから。悪いっちゃ悪いんだけど、嘘は究極の洗練ともいえると思います」
そんな周防さんの手にかかったからこそ、お七をはじめ江戸に生きた五人の女たちは、再び蘇ることができた。そして、彼女たちの焦がれるような恋の激しさや苦しみとともに描かれる、脇の女たちの抱える懊悩(おうのう)もまた身に沁みるのだ。最後には、澱のような哀しみが心に残る、忘れがたい読後感である。
『クロワッサン』1082号より