鉄道について、ゆっくり話そう。【土屋礼央さん×蜂谷あす美さん 対談】
撮影・青木和義 スタイリング・伊藤省吾(sitor/土屋さん) 文・黒田 創 写真・アフロ 撮影協力・東武博物館(展示物の公開は状況によって変更する場合があります)
鉄道だからこそ堪能できる絶景と、近場で楽しめる非日常的風景。
土屋 蜂谷さんはJR全線完乗を達成したそうだけど、『クロワッサン』読者の皆さんにおすすめの路線だと、どのあたりになりますか?
蜂谷 はい、まずは青森のJR五能線(ごのうせん)。日本海沿いの美しい自然はまさに絶景ですし、観光列車もあるので鉄道旅の醍醐味を感じられるはずです。あとはアクセスが少し大変ですが、日本の最北端を行くJR北海道の宗谷本線。日本とは思えない雄大な景色を味わえます。また、ここ10年ほどの傾向で、レストラン仕様で豪華な食事を楽しめるなど新しい付加価値を持つ特別車両が各地に登場しているので、そうした列車に申し込んでみるのも満足度の高い鉄道旅ができるのではないでしょうか。
土屋 いいですねえ。それと、近場でも意外な絶景が楽しめる路線というのがあって、首都圏だとJR鶴見線が代表格。京浜東北線の鶴見駅で乗り換えてひと駅目の国道(こくどう)駅で下車すると、まるで映画のセットのような昭和のガード下の雰囲気がそのまま残っている。思いきりノスタルジーに浸れます。
蜂谷 鶴見線は私もおすすめで、支線の海芝浦駅はホームが直接海に面していて一見の価値ありです。ただし企業の私有地にある関係者向けの駅なので、一般客は改札から出られない。そのあたりも非日常感を堪能できます。
土屋 さすがによくご存じで!
日本の最北端を行く、宗谷本線の自然が素晴らしい。
鉄道好きは基本単独行動でドM。 そのメンタリティーとは。
土屋 大学の鉄研時代は、やはりいろんな鉄道に乗りまくりましたか?
蜂谷 青春18きっぷで全国を巡りました。合宿もみんな乗りたいルートが違うので各自で宿に来るんです。鉄道好きは基本、単独行動が多い。しゃべっていると車窓が見られないから(笑)。
土屋 ああ、特に一人の鈍行旅なんて最高ですよね。普通列車を乗り継いでひたすら遠くを目指したり。途中で、土地土地のラッシュに遭遇したりするのも味わい深い。周りの皆さんは数駅で降りて家路を急ぐけど、こっちは「この先何本も乗り継いで鹿児島まで行くんですよー」と心の中で叫んだり。
蜂谷 その感覚すごくわかります。ローカル線を乗り継いでいるとたまに同じ行動をしている人がいて、そのうち互いに意識し始めてチラチラと目配せするようになる。でも基本、人見知りする人種だから、決して話しかけたりはしない。で、終着駅でやっと「お仲間でしたね〜」とひと言だけ挨拶する(笑)。
土屋 ははは。鉄道好きは、気弱でドMなんですよね。だって自分の行動のすべてを時刻表に委ねるわけですから。それに比べて、クルマ好きはドSじゃないかと。いつ何時も、自分の思うようにクルマを操り、支配し、好きなところへ自力で出かけていく。
蜂谷 鉄道好きはドMで無口なのに、いざ同士が集まると途端にそれぞれの知識を勝手に披露しだし、マウントの取り合いを始めますよね(笑)。
土屋 確かに(笑)。それと、僕らはドMではあるのですが、気分的にはセレブでもあるんです。ひとたび乗ってしまえば、鉄道という執事に任せてゆったり構え、目的地まで優雅に過ごす。こんな贅沢はほかにありませんよ。
蜂谷 そうそう、鉄道旅って実は自由度が高いですよね。下車駅まで車窓を眺めてもいいし、居眠りしたっていい。読書だってOK。特に、寝台特急〈サンライズ瀬戸・出雲〉などで旅をすると贅沢感が際立ちますよね。住宅メーカーが手掛けた内装の個室は居住性も抜群ですし。切符を取るのが大変ですが、読者の方も一度は乗ってほしい。
土屋 個室寝台は部屋の照明を消す瞬間がたまらなくいいです。車窓にひろがる月明かりだけに照らされる世界。あの美しさは夜行列車でしか味わえません。真夜中、見知らぬ町の過ぎ行く家々の灯りを眺めては「この灯りの数だけそれぞれの人生があるんだよな」と、つい物思いに耽ってしまいます。