鬼の溝口が、ついにシスターフッドを描く! 『噂の女』│山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」
女であるからこそ被る不幸に、追い詰められていく溝口映画のヒロインたち。この国に女の居場所がない現実を、溝口健二は厳しく突きつけます。しかし例外的に救いがあるのが、1954年(昭和29年)作『噂の女』。
京都の島原で置屋を営む初子(田中絹代)が、一人娘の雪子(久我美子)を東京から連れ帰る。婚約破棄から自殺未遂した雪子は、実家の家業を毛嫌いしていた。初子もまたこの家業からの脱出を夢見て、若い医者(大谷友右衛門)に入れあげ、開業資金まで提供しようとしている。しかし初子は、彼が雪子に言い寄っている現場を目撃してしまい……。
田中絹代が若い男に入れあげてるだけでもこっちはヒヤヒヤなのに、娘の方まで口説きだす地獄展開に、「溝口もうやめてー!」と思わず悲鳴が。観客の心理を上へ下へといとも容易く操るドSの溝口に白旗を上げそうになるのですが、ここで思いがけず感動的なシーンが挟み込まれるのです。
置屋に身を置く芸妓の女たちに、軽蔑のまなざしを向けてきた雪子。しかし病に倒れた芸妓の看病にあたる雪子を見て太夫たちは喜び、彼女に心を許すのです。「わてらは失恋なんて毎月してまっせ」と傷心の雪子を励まし合う女たちの輪にともる優しい灯り。ああ、これぞシスターフッド! 鬼だと思っていた溝口も、こんな温かな女の連帯を描いていたのですね。立場は違っても同じ女。分断された垣根を超えてつながり合えた瞬間の、なんと美しいこと。
そして美しいといえば、久我美子であります。花魁に混じって一人だけ、黒いシックな洋装でキメた姿が本当にまぶしい。カーリーなショートヘアと大きな瞳、特徴的かつ魅力的な声帯、信じられないほど細いウエストライン。置屋に舞い降りた妖精か!
その妖精がラストに見せる意外な、清々しい姿には思わず胸いっぱいに。しかし「苦界に墜ちる女は決して絶えず……」と、溝口は最後の最後まで釘を刺してくるのだった。
やまうち・まりこ●作家。新刊『The Young Women’s Handbook〜女の子、どう生きる?〜』(光文社)が発売中。
『クロワッサン』1025号より
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