用を成さないバーカウンター。│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」
私の両親は、私の幼少期に1度マンションを購入している。その後、土地を2度買い、家を2回建て、数年前に大規模な改築もやったので、家は3回建てたようなもんだ。家を変えるのは大変だけど、新しい場所で新たな生活が始まるのはワクワクする。両親が買った土地は、2度ともそれまで全く縁のなかった地方の土地で、そこに移り住むことは人生における挑戦でもあったと思う。
場所も変わり、家も変わり、ご近所付き合いが何度も変わっていく中、変わらなかったのは、家に置いてあるいくつかの家具。中でも古くて大きいバーカウンターの存在感は大きい。
このバーカウンター、私が3歳から14歳までいたマンション生活で登場したもの。近所にあった既に営業してなかったホテルのバーのもので、そこのホテルが解体されることを聞きつけた母が、解体前に交渉し、譲ってもらったものだ。ホテルが営業をしなくなった後、1階のバーがあった場所ではクリーニング屋さんが一部をそのままに営業していて、母はその頃から目をつけていたらしい。
マンションは娘3人がそれぞれの部屋など持てるはずもない、昭和の一般的なマンション。ホテルのバーカウンターは大きく重く、母にカウンターを運んでほしいと頼まれた解体屋さんも、まさかこんなところに運ばせられるとは思ってなかっただろう。エレベーターにはもちろん入らず、男性4人ほどで、狭い階段(しかも非常階段!)を持ってあがってもらったのを記憶している。
一度置いたら二度と動かせないほどの重厚なカウンターは、家にそぐわなくても、我が家の自慢の家具となった。そのカウンターはその後、またマンションの階段を下り、大移動を2度もし、今も家にある。
現在、その上にダンボールが置かれ、雑巾が放置され、バーカウンターとして機能しなくても、ただそこにあるだけで存在感は変わらず大きい。両親が亡くなり私たち娘全員が死んだとき、家や土地が無くなったとしても、このカウンターが無くなることが想像できないくらい、家族の時間を背負ってくれている。
束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は、https://www.facebook.com/imostudio.imo/にて。
『クロワッサン』1013号より
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