北極について、ゆっくり話そう。【石川直樹さん×阿部雅龍さん 対談】
実はこんな世界が広がっていました。
撮影・内田倫紘 文・嶌 陽子
衛星写真で見ると年々氷がなくなっている。温暖化のせいなのかはわかりませんが。(阿部さん)
石川 以前、グリーンランドの西部にあるイルリサットという村に行った時は、犬ぞり猟に連れて行ってもらいました。でも同時に、スノーモービルもだいぶ普及してましたね。
阿部 北極圏では、先進国に生活を左右されている人々もいますよね。昔はグリーンランドのイヌイットの人々は、アザラシなどの毛皮をヨーロッパに輸出していた。ところがその後、毛皮の不買運動が起きたため、それだけでは生活が成り立たなくなり、今は漁業でも生計を立てていると聞きます。
石川 北極圏で起きている変化については、僕も時々耳にしたり、実際に見たりします。45年ほど前、写真家の星野道夫さんが19歳の時に訪れたアラスカのシシュマレフという村。ここは温暖化により、陸地だったところにまで海水が押し寄せてきてしまったため、全村移住せざるを得なくなっている。
阿部 衛星写真を見ていると、氷が以前と比べて少なくなっているのがわかります。ただ、地球温暖化ばかりが原因なのかは、わからないですけどね。それほど単純な話ではないでしょうから。
石川 実際の変化は暮らしている人にしかわからないですね。僕みたいに断続的に訪れる立場では、変化があるとは言えない。温暖化を実感することも僕自身はないです。行くたびにめちゃくちゃ寒いって思うし。
阿部 確かに寒い! 僕が体験したのはマイナス45度くらい。2月にカナダのコーンウォリス島にあるレゾリュートという村に行った時のことです。2月は、一日中太陽が昇らない“極夜”がちょうど明けたころ。一日の日照時間が3時間くらいでした。
石川 僕は1月にノルウェー領のスヴァルバール諸島に行った時がすごく寒かったな。でも、冬は凍っているところが多くなるので、それだけスノーモービルに乗って動ける範囲も広いんです。スヴァルバールには夏にも冬にも行きましたけど、夏は氷が溶けるので、動けるエリアが限られてしまう。
阿部 僕は夏に北極に行ったことがないんです。うらやましいな。
石川 夏は植物が生える場所もあります。寒いけれど極端に気温が下がることもないし、平和な雰囲気ですよ。
北極で海に落ちた瞬間、海水が温かく感じられた。
阿部 僕は一度、北極で海に落ちたことがあるんですよ。
石川 どの辺りで?
阿部 グリーンランドの西海岸です。イルリサットを出発して、スキーを履いて南下している途中、薄氷の上を歩いていた時ですね。時季は3月でした。
石川 すぐ氷の上に這い上がれたんですか?
阿部 いや、すぐには上がれなくて。スキーを履いたまま、しばらく立ち泳ぎしました。以前、僕の恩師である冒険家の方に「北極で海に落ちると温かいよ」と聞いていて。本当かよと思ってたけど、やっぱり温かかった(笑)。
石川 そうなんだ。
阿部 外気温がマイナス40度近いところから、凍っていない0℃くらいの海に落ちるので、一瞬だけ温かく感じるんですよ。すぐに感覚がなくなりましたけどね。しばらくして、なんとか氷の上に這い上がって。もう意識は切れ切れでした。
石川 それは命が危ないよね。大丈夫だったの?
阿部 一時は絶望したけど、なんとか厚い氷の上に移動しました。海の中に落としてしまった2つのソリのうち、ひとつは回収もできて。ただ、テントを積んでいたソリは拾えなかったので、荷物入れにしていた袋の中に寝袋を入れて、その中で一晩過ごしました。手の指が凍傷にならないよう、ひたすら脇の下で温めながら。翌朝ヘリコプターで救助に来てもらいました。
石川 そんな過酷な経験、僕にはないな。“Pole to Pole”プロジェクトの時、1カ月の間にシロクマに7〜8頭出合ったことくらい。2〜3メートルくらい近くまで寄ってくるから、最初のうちは足が震えて。仲間がライフルを空に発砲したら驚いて逃げていきました。その後、スヴァルバールでもしょっちゅうシロクマに出合ったけれど、スノーモービルのエンジンをふかして爆音を立てて追い払ってました。
阿部 シロクマは戦っても勝てる気がしないですよね。
石川 そりゃそうだよ。身長は2m以上、体重も500kgくらいあるんだから。まあ、姿は可愛いですけどね。
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