『杉浦日向子の視点〜江戸へようこそ〜』│ 金井真紀「きょろきょろMUSEUM」
のんきに生きていた江戸の人たちを思う。
立ち食い蕎麦と、ベトナムのフォーと、ハラル認証を受けたラーメンの店が並んでいるのが東京の好きなところだ。ひとりで夜道を散歩できるのもいい。坂道が多いのも気に入っている。でも東京の一番うれしいポイントは
「ここに昔、江戸の人が住んでたんだよなぁ」と思って、目をつぶって、大きく息を吸い込む瞬間かもしれない。
深川江戸資料館の地階には、天保年間の深川の町並みが実物大で再現されている。八百屋、船宿、天ぷらの屋台、井戸、長屋……。ゴミ捨て場には欠けた茶碗、屋根の上では猫が「ニャー」。こんな空気感だったんだなぁ、江戸は。熊さん、ご隠居、くず屋さんに義太夫のお師匠さん……落語の登場人物たちが歩いている様を想像し、ニコニコしてしまう。そして町並み展示の向こう側で杉浦日向子展が開催されていた。
江戸の人たちの特徴は「持たず」「急がず」だと日向子さんは言う。物を持たない、コンプレックスを持たない。仕事を急がない、人づきあいを急がない。あぁ、なんて魅力的だろう! 現代を生きる東京人と正反対。同じ土地で暮らしているのに、継承されていないのが残念だ……。
江戸人に人気があった男は「火消しの頭、力士、与力」。これは、お相撲さん好きのわたしも大いに納得。日向子さんが令和の大相撲を見たら、誰の贔屓になっただろうか。
資料館を出ると、夕立が降ってきた。かつて大関雷電や長屋の熊さんが、そして日向子さんが歩いた東京の道が、瞬く間に黒く濡れていく。
『杉浦日向子の視点〜江戸へようこそ〜』
深川江戸資料館(東京都江東区白河1-3-28) 企画展示コーナーにて11月10日まで開催。生誕60年を迎えた杉浦日向子の多彩な仕事を、作品や江戸への思いを語る言葉などとともに紹介。TEL.03-3630-8625 9時30分〜17時 10月28日休館 料金・大人400円
金井真紀(かない・まき)●文筆家、イラストレーター。最新刊『虫ぎらいはなおるかな?』(理論社)が発売中。
『クロワッサン』1006号より
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