説明しなくても分る!? 料理動画アプリ『クラシル』 │山口恵以子「アプリ蟻地獄」
イラストレーション・勝田 文
簡単に言えば料理動画アプリ。本誌の読者でも利用なさった方は多いのではないかと思う。そのくらい便利重宝なアプリだ。
料理名、食材、テーマ別(節約・時短・殿堂入り・手順が少ない等)で検索して料理を選ぶと、二人分の材料とレシピ、そして手順の動画がアップされる。だからすべてが明瞭で、失敗する恐れがない。
実は、世の中に流通している料理本のほとんどは「このくらいは説明しなくても分るだろう」という前提の下に書かれている。そして料理本を買う人は基本的に最低限の料理が出来るので「レシピの行間を読む」能力がある。だから「落としぶた」と書いてあっても、鍋の蓋や豚ブロック肉を床に落としたりしない。
しかし、今や行間を読むことを期待する時代は終わった。
TBS「噂の東京マガジン」の「やって!TRY」を見れば分る。肉叩きで鰺を叩いた「鰺の叩き娘」始め、餡子をトッピングした「餡かけ焼きそば娘」、綿飴を焼いた「烏賊の肝(わた)焼き娘」等々、驚天動地の行間無視をする若者が出現した。彼女らだって「クラシル」を利用していれば、あんな恐るべき行為に出なくてもすんだのに。
私も人のことは言えない。初めて携帯電話を買った時、固定電話へ掛ける際は都内でも市外局番が必要なことを知らず、三ヶ月も固定電話と通話できなかった。「このくらい知ってるだろう」と思い込んで説明を省略したショップのネエちゃんを、私はちょっぴり恨んでいる。
山口恵以子(やまぐち・えいこ)●作家。最愛の母と過ごした最期の日々を綴ったエッセイ『いつでも母と』(小学館)。
『クロワッサン』1025号より
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