『ガーデン』千早 茜さん|本を読んで、会いたくなって。
男女の生態を、観察日記のように淡々と。
撮影・森山祐子
「実は、植物は苦手なんです」
『ガーデン』のタイトルどおり、植物をモチーフにした本作について千早茜さんに話を聞くと、開口一番、意外な言葉が返ってきた。
「水をやった時に土が匂い立ったり、目を離した間にひっそり変化しているのが、すごく怖い。でも、嫌いなものに対しては感覚が敏感になる分、描写は濃く、細やかになるのかもしれません」
植物を偏愛する帰国子女の男性編集者・羽野は、自宅で様々な花や緑を育てている。「なめらかな緑の肌を持つ戦士たち」「完璧な模造品のようにつるりとした、熱帯のとてもエキゾチックな花」。羽野の視点で描かれる植物の表現は、なるほど、独特で、濃密だ。
「家の中=内面世界を充実させている人を主人公にしたかったんです。そういう人って、他者への期待が薄れていくと思うので、その上で周囲とどう関わっていくのかを慎重に描いてみたいなと」
幼少期を発展途上国で過ごした羽野は、「理解や共感には限界がある」と、自分の世界を守って他人と距離を取り、女性とも深い関係を築けない、ちょっと面倒くさい男。そんな羽野を取り巻く女性たちもまた、どこか不自由で窮屈そうだ。取材先の「先生」の愛人の理沙子に、仕事に結婚にと焦る同期のタナハシ、自分の不自然な美しさに悩むモデルの緋奈。
「私は普段京都で暮らしていますが、たまに東京に出てきて知り合いの女の人たちの話を聞くと、みんな息苦しそうだなと感じるんです。東京ではいろんな生き方が選べるけれど、決まった型から逸脱しすぎるとかっこ悪いから、自分を剪定しながら生きているように見える。都会に生きる人たちのそういう生態を、観察日記のように、淡々と描けたらと思いました」
さらに、自分は「どの女性とも似ていないし、感情移入もしていない」と千早さん。植物の表現と同様、客観的だからこそ鋭い観察眼が働くのか、女性たちの姿は、強く、脆く、花のように生々しい。主人公よりもむしろ、羽野を通して描かれる彼女たちのほうに共感してしまうから不思議だ。
「男に期待する女性たちと、期待されたくない羽野君。埋まらない溝がそこにはあって、みんな『作り物みたい』な羽野君に呆れ、幻滅していくわけですが……」
女性たちの言葉や行動により生き方を揺さぶられた羽野は、囚われていた「ガーデン」から抜け出せるのか? ラスト数ページ、祈るような気持ちで見守った。
文藝春秋 1,400円
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