『さなとりょう』谷 治宇さん|本を読んで、会いたくなって。
坂本龍馬に残された女たちの物語です。
撮影・森山祐子
さなは千葉佐奈。江戸で坂本龍馬が通った北辰一刀流の道場主の娘で “鬼小町” と呼ばれた剣の達人である。龍馬と恋仲になり、夫婦約束をしたが、大阪へ旅立った龍馬と二度と会うことなく道場で三十路半ばを迎えていた。
拳銃を隠し持つ女・りょうは坂本りょう。坂本龍馬が京で結婚した妻で、死んだ龍馬の仇を討つために明治6年、上京してきた。
「りょうが東京に出てきたのは史実です。東京には佐奈がいるから、因縁のあるこの二人を出会わせて龍馬暗殺の謎を一緒に追わせたらきっと面白いと思って書いた小説が『さなとりょう』です」
幕末・維新の歴史ミステリーとしても楽しめる。剣一筋の女・佐奈を口達者な女・りょうがやりこめるのも面白い。龍馬を愛した女同士の、感情のうねりが切ない。
「これは佐奈という女が、りょうによって救われる話なんですね。佐奈のいる道場にりょうが現れなかったら、佐奈は突然いなくなった龍馬のことが何もわからないまま悶々としていたでしょう。龍馬の仇討ちに突き進むりょうに引っ張り回されることで、歴史に埋もれた龍馬の真意を偶然知ることになる佐奈は、りょうに出会う前の佐奈とは違う人生を歩むはずです」
本作が初めての時代小説と思えないくらいストーリーも心理描写も鮮やか。谷治宇さんは長年、漫画の原作者をしてきた。
「チャンバラが目に見えるようだとか、アクションシーンが面白いと評価されるのはうれしいです。自分の中で漫画や映像を思い浮かべた上で文章化する作業をしているからかもしれません。剣の動きとか、切っ先が描く弧線を表現しているときが楽しいんですよ」
目を輝かせて話す谷さんは本当に剣の動きをイメージしているように見える。『さなとりょう』も、もともとは漫画の企画だった。
「大河ドラマの『龍馬伝』の前の年に出版社から依頼を受けて、龍馬の死の謎を解明する漫画のプロットを考えたんですよ。その時点では、りょうがメインで、佐奈は登場しませんでした。忙しくてプロットからストーリーを作る前に『龍馬伝』が終わってしまって、漫画の企画が立ち消えになったんですね。それから自由に考えられるようになりました。もしかして龍馬を出さないほうが話が面白くなるんじゃないか。龍馬を間に置いてつながっている佐奈とりょうが出会ったら何が起きるだろうかと想像が広がったのは、まさに偶然の賜物といえます」
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