『「本をつくる」という仕事』さん|本を読んで、会いたくなって。
本づくりに関わる人々の並々ならぬ思い。
撮影・千田彩子
一冊の本を手にしたとき、本の佇まいや重み、活字の書体、紙の質感などから、作品の登場人物、あるいは著者の声が聞こえてくるような気がしたり、表情が見えるような思いにとらわれたことはないだろうか。
「もの」としての本−−そこには、読みやすさや作品の格にふさわしい紙を開発する人、本のデザインをする人、原稿の正誤を確かめる人、印刷された紙を本のかたちに仕上げていく人など、何人もの人の手が関わっている。
「ぼくは本を書いていると思っていましたが、実は原稿を書いていただけ。書き終えてみて、本をつくる仕事の流れの中で、自分の位置が明確になった気がします」
稲泉連さんは2005年、『ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と死』で、大宅壮一ノンフィクション賞を最年少受賞した。以来、さまざまな分野で丹念な取材を積み重ね、雑誌連載などを経て作品にまとめている。本書で9冊目の単行本だ。
「実は、自分の書いたものが本として出来上がるまでに、どのような人のどのような仕事を経ているのか、ほとんど知りませんでした」
津波のために水を含んで膨れ上がり、書棚から抜けなくなった本。その悔しさを涙を流して語ってくれた書店員。
5年前、東日本大震災で被災した、東北地方各地の書店が復旧していく様子を何度も現地を訪れて取材したときのことだった。
「命に関わるような状況下では、本なんて必要とされていなかっただろうと思っていたのですが、地震の翌日には書店の再開が求められていたのです。物質としての本を初めて意識しました。そして、どのようにつくられているのかを知らないということに、心もとなさを覚え、自分の仕事を改めて見つめ直してみようと思ったことが、この本を書くきっかけでした」
活字の書体は声だと言う印刷会社の社員。ドイツで製本修業を重ね、技術的に難しい求めにも応じる製本職人。原稿に書かれた月の満ち欠けが、実際の日時でもそうだったのかまで調べる校閲者……。本づくりに関わるさまざまな職種の人々の姿が活写されている。
「本をつくるとは、こんなに思いをかけられるものなのだ。そして、本をつくる仕事には、まだできることはたくさんある、そう強く感じました。ですから、この本は仕事について書いた本でもあると思っています。読んでくれた人にとって、自分の仕事の原点に立ち返るきっかけになればいいなと願っています」
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