『狂うひと「死の棘」の妻・島尾ミホ』梯 久美子さん|本を読んで、会いたくなって。
狂乱にはそれだけの理由があるんです。
撮影・森山祐子
きっかけは『死の棘』ではなく、島尾ミホの写真だった。
「文筆家の肖像ばかり集めた上田義彦さんの写真集『ポルトレ』で、どこか南の島の浜辺に黒いレースのドレスを着た女性が佇んでいるのを見て、これは一体誰だろうと思ったんですね。美しくて、ちょっと異様な感じもあって。プロフィールと短いインタビューを読むと島尾敏雄の小説『死の棘』に登場する妻だとわかりました」
浮気した島尾敏雄の罪を問い詰め、責め苛み、服従を強いる妻ミホの狂乱をありのままに描いた(と信じられた)長編小説『死の棘』は、昭和52年に刊行され30万部を超すベストセラーになった。
「書かれる女のミホさんは書く女でもありました。奄美を舞台にした短編小説集『海辺の生と死』と『祭り裏』を読んで、これはすごいと思ったんです。当時も奄美に住んでいると聞いてインタビューをしに行ったのが2005年です」
梯久美子さんはデビュー作のノンフィクション『散るぞ悲しき硫黄島総指揮官・栗林忠道』を刊行したばかりで、本来は島尾ミホの評伝が第2作になるはずだった。
「4度目の取材で『そのとき私は、けものになりました』と、ミホさんは夫の不倫を日記で読んで精神の均衡を失った瞬間の話をしてくれました。でも半月後に取材を取りやめてほしいと告げられ、本にすることをあきらめたんです」
ここまで話を聞くと、天井がピシリと軋むように鳴った。
「ミホさん、すみません……」
神秘的だったミホさんを慈しむように梯さんがつぶやいた。
取材を断られた1年後、ミホさんの訃報が届く。島尾敏雄の浮気相手がどんな女性かわかってきたのは、その2年後だ。『死の棘』に名前も年齢も特徴も記されない、あいつとしか呼ばれない女性。
「彼女を書けば作品の背景も作家の創意も、生身のミホさんの実像もわかると思って、長男の島尾伸三さんを訪ねて経緯を話したんです。『では書いてください。ただ、きれいごとにはしないでくださいね』と厖大な遺稿や遺品の整理に参加することを許されました」
『死の棘』の第1章で「結婚式のその日から、あなたは悪い病気にとりつかれていた」とミホが夫を責める。浮気の非難のようだが、記録により敏雄がミホに梅毒をうつしていた事実が明らかになる。
「この小説に嘘はありませんが、書く書かないの選択が独特なんです」
伏せられた事実を検証して物語を読み解いていく刺激的な本だ。
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