暮らしに役立つ、知恵がある。

 

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【梅雨の暮らしの一手間】梅と漆にペースを合わせ、梅雨に逆らわないリズムで暮らす。

漆を使って、割れた器を修理するのが、黒田雪子さんの仕事。仕上げに金粉を飾ることから「金継ぎ」や「金繕い」とも呼ばれる日本の伝統的な手法です。住んでいるのは築およそ70年の日本家屋。今でこそ慣れたものの、歴史ある木造住宅に暮らすことは「毎日が冒険のようで楽しい」と語ります。古き良き暮らしを味わう中で、梅雨はどのようにしのいでいるのでしょうか。

 
「密集させてものを置かないようにしたり、風の通り道を意識したり、適材適所をいつも気にしているせいか、カビが生えることもないんです。家の中に風が吹いている状態が好きだから、雨の日以外は窓を全開にしています」

風通しがよく、吸湿性がいい木造住宅の梅雨は、気密性の高い現代の住宅とは違った室内環境になります。6月でもストーブを焚く寒い日があるそう。衣類をしまっているのは、家の中でもいちばん日当たりのいいカラリとした部屋で、桐のタンスを使っています。虫の被害にあうこともないといいます。

「鳩居堂の香り袋が好きで、タンスに入れています。私が買うのは小さな巾着と、紙の袋のタイプ。袋のは詰め替えにも使えるみたいですが、私はそのまま置いています」

パッケージには「ゆかしい香り」などと書かれている。昔ながらの商品を愛用しているのが黒田さんらしい。香りものでは、ハーブのエッセンシャルオイルも使っていますが、梅雨どきに活躍しているのはハッカ油。

タンスの引き出しに愛用している鳩居堂の『にほひ粉』。

タンスの引き出しに愛用している鳩居堂の『にほひ粉』。


「石にハッカ油をたらして、玄関の目立たない場所に置くと、すっきりした香りが気持ちいいんです。綿にしめらせて、居間の鴨居にポンポンとつけてしみ込ませておくことも。ハッカ油は近所の薬局で売っているし、安いのでたくさん使っても惜しくない(笑)。箱や瓶がおしゃれじゃないところが、またいいんですよね」

拾い集めた石に、ハッカ油をたらし、玄関などに置いている。下駄箱にしのばせたり、枝ものと一緒に飾ることも。

拾い集めた石に、ハッカ油をたらし、玄関などに置いている。下駄箱にしのばせたり、枝ものと一緒に飾ることも。

 

漆の作業にちょうどいい。梅雨どきだからできること。

梅雨だからといって困ることはとくにないと話す黒田さん。

「カビがあっても気づいてないだけかもしれませんが」と冗談めかします。それと言うのも、黒田さんにとって梅雨は繁忙期。漆は、湿度などで成分が活性化して乾かんこ固するため、意外にも梅雨は乾きが早く、作業がはかどる時季なのです。

「漆が残ったときには、家具や床の傷に塗っています。そうすると、傷の保護になるんですよ。今は金継ぎを自分でする方も増えていますが、家に漆があったらぜひやってみてください。チューブのものでも大丈夫です。乾くと色が濃くなるので、様子を見ながら揮発性のオイル(灯油などでも代用可)で薄めて使うといいと思います。漆はふれるとかぶれてしまうけれど、梅雨なら他の季節に比べて早く乾くので、その間だけさわらないように気をつけてくださいね」

床の傷は、使い残しの漆を塗ると保護ができる。家具の傷や、はげたお椀に塗っても。漆の乾きが早い梅雨どきにぴったりの作業。

床の傷は、使い残しの漆を塗ると保護ができる。家具の傷や、はげたお椀に塗っても。漆の乾きが早い梅雨どきにぴったりの作業。


漆の仕事で家にこもりながら、同時に進めているのが梅干しの仕込み。

「この家の前にも、古い一軒家に住んでいたんですけれど、そのときの大家さんから梅のおすそ分けをいただいたのがきっかけでした。『梅干しって、自分で作れるんだ!』と興味が出て、さっそく挑戦したものの、大失敗したんです。お恥ずかしい話なんですが、アルミの寸胴鍋で作っちゃったので、梅の酸で鍋の底に穴があいてしまって。う〜ん、これはおもしろい、と」

失敗して、俄然、やる気が出たと笑う黒田さん。それから毎年梅干しを漬けるのが季節の楽しみに。現在は庭に梅の木があるので、実が熟成するころを見計らいながら、着々と準備。以前のような失敗はしなくなりましたが、おいしい梅干しが作りたいから、梅の状態には注意をそそぎ、タイミングよく仕込みに入れるように心がけています。

毎年作る梅干しは、仕込んだ年とグラム数を記録。

毎年作る梅干しは、仕込んだ年とグラム数を記録。

 

暮らしの中の偶然や発見、どんな季節にも楽しみがある。

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「私のこの時季の生活リズムは、漆しだい、梅しだいで動いているよう。どちらも『待ったナシ』なので、そのことだけになりますけれど、おもしろいから合わせられるし、夢中になれるんです。自分の都合が最優先で動くのは、私にとってはつまらないのかも」

控えめな声のトーンでやわらかく話す印象とは裏腹に、視点のはしばしにユーモアを感じさせる黒田さん。決められたこと、わかりきったことをするよりも、偶然や発見に出合いながら、どう見極めるか、どう手加減するかを身につけていく。そんな暮らしを選んでいるのです。住まい、持ちもの、仕事など、すべてにおいて探求心や好奇心が反映されています。

「この家に引っ越してきたのが12年前ぐらいなんですが、前に住んでいたのはお花の先生をなさっていた方で。最初はなるべく家の中を変えないように住んでみようと思いました。たとえば壁に釘が打ってあったら、なんでここにあるんだろうと、想像するのが楽しかったんです。庭の木も、何が植えてあるんだろうって、本を片手に名前を調べていきました」

不便を探すより、愛しいなあと思えることに焦点を合わせていく。あるものに逆らわない。そんな黒田さんには「雨の日の閉ざされた感じ」も味わい深いものであり、雨音にいたっては「録音するぐらいに好き」なんだと、取材スタッフに聞かせてくれました。

「何年か前に、雨漏りしたことがあったんです。バケツを置いたら、ポン、ポンって、響く音がきれいだなあって録音しておきました。作業中に流していると集中できるんですよね。ほかに秋の虫の音バージョンもあります(笑)

 

◎黒田雪子さん 金継師/大切にしていた器が割れたことをきっかけに、器の修理人に。『金継ぎをたのしむ』(平凡社)の監修ほか展覧会でも活躍。

 

『クロワッサン』903号(2015年6月25日号)より

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