考察『豊臣兄弟!』16話 子を手放す覚悟を持てるか? 命令に背いた藤吉郎(池松壮亮)と守った明智光秀(要潤)を待ち受けるもの。
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
みんなで殿を励ます会!
「覚悟の比叡山」。
16話は登場人物それぞれが覚悟を問われる厳しい回となった。
癒しは小一郎(仲野太賀)、藤吉郎(池松壮亮)、蜂須賀正勝(高橋努)、竹中半兵衛(菅田将暉)によるチーム木下の会議場面と、万丸(小時田咲空)の愛らしさくらいだ。
姉川合戦で朝倉・浅井連合軍に勝利した織田信長(小栗旬)だが、その表情は冴えない。
浅井長政(中島歩)の傍には妹のお市(宮﨑あおい)がいるのだ。
横山城では「織田家臣みんなで殿を励ます会」が開かれる。
申し合わせたわけではない、殿が落ち込んでいるかもしれぬと皆が気遣った結果だ。
猿顔でおどける木下兄弟。誰よりも早く駆けつけて誰よりも早く泥酔する柴田勝家(山口馬木也)。酒甕を抱えてくる丹羽長秀(池田鉄洋)、塩鮭一匹の豪快なツマミを持参する佐久間信盛(菅原大吉)。
信長への酌を奪い合う森可成(よしなり/水橋研二)と滝川一益(猪塚健太)。
前田利家(大東駿介)と佐々成政(白洲迅)も加わる。
立ち上がった信長が甕からイッキ飲みすると、いっそう盛り上がる。
ルイス・フロイスは著書『日本史』で「信長は酒を好まない」と書いている。
好きではないのに、それでも家臣の想いに応えずにはいられないのが本作の信長だ。
信長の下で結束する織田家、だが。
およそ9年後に待つ本能寺の変の後、ここに集った者同士で命の奪い合いとなるとは、このとき誰が予想したであろうか。
調略の条件は…
藤吉郎は信長から、浅井家重臣・宮部継潤(ドンペイ)を調略するよう命じられる。
もとは比叡山の僧兵であった宮部は、命がけで浅井領地まで説得に訪れた兄弟の誠意を評価し、調略の条件を出す。
それは、藤吉郎の子を人質として差し出すこと。しかし、兄弟には子がいない。ならば近親者の子で構わないというその条件に当てはまるのは、姉・とも(宮澤エマ)の長子、万丸だ。
万丸はこの元亀元年(1570年)で6歳(他説有)になる。
現代ならば幼稚園児から小学1年生、おっかさま大好きな甘えっ子だ。
ともが愛を注いでいる姿が、これから母子を引き裂く悲劇を際立たせる。
ともをどう説得するのか悩む兄弟。
夫の弥助(上川周作)の力を借りて切り出したものの、激しく拒絶される。
「離縁じゃ! 万丸を捨てるくらいならアンタを捨てる!」
「万丸に辛い思いをさせてまで、多くの者のことなんて考えられん!」
ともの台詞は、視聴者である多くの母親が共感するものではないだろうか。
この世のすべてを敵に回しても、我が子が最も大切なのである。
「一人残らず撫で斬りにするのじゃ」
姉川合戦から約3か月後の元亀元年9月。
摂津国(現・大阪府大阪市)で信長は、四国から再上陸してきた三好三人衆とそれに味方する本願寺勢力との戦となっていた。9月22日、そこに衝撃的な報告が入る。
伝令「森可成様、お討ち死に!」
宇佐山城(現・滋賀県大津市)を守っていた森可成が討死。
信長が摂津国まで出たのを見て、浅井・朝倉連合軍が背後を突いて攻勢に出たのだ。
森可成は浅井・朝倉連合軍を足止めすべく奮戦したが、多勢に無勢で討たれた。
伝令「延暦寺と結んだ朝倉の急襲を受けた模様!」
信長「叡山(延暦寺)に向かう! 兵を整えよ!」
9月23日に織田軍は摂津国から撤き、24日には近江国に入った。
織田軍が即座に戻ってきたことを察知した朝倉・浅井連合軍は比叡山にのぼり、延暦寺の後ろ盾を得て籠城戦に入る。
織田軍は比叡山を包囲し、睨み合いが続いた。
12月。膠着状態の両軍を見かねた将軍義昭(尾上右近)の仲介により、和睦が成る。
朝倉・浅井と和睦が成ったなら、万丸を人質に出さずに済むはず。
大喜びする小一郎たちだったが、ことはそう簡単には運ばなかった。
信長は和睦など望んでいないのだ。
戦を続けようとする信長に、柴田勝家が諫言する。
「恐れながら! ここのところ、諸国での一揆も後を絶ちませぬ!」
三好勢だけでなく本願寺勢とも戦い始めた織田軍に対して、各地で一向宗門徒による一揆が巻き起こったのだ。長島(現・三重県桑名市)、尾張(現・愛知県愛西市)では織田方の城が攻め落とされるほどの争乱だった。
三好勢と朝倉・浅井、寺社勢力が息を合わせたように織田への包囲戦を始めた。
何者かが裏で糸を引いているのでは──信長が不信を露にする。
「まるで公方様は、朝倉、浅井を助けておるようじゃ。のう? 十兵衛」
ぎょっとする明智十兵衛光秀(要潤)。
実際、光秀は将軍義昭から「織田の中に深く入り込み、毒となれ」と密命を受けて信長に仕えているのだ。
「比叡山に書状を送り付けよ。この先、我らに従うなら所領だけは安堵してやる。が、そうでなければ、皆殺しにすると。その時は十兵衛、お前がやれ」
「我らに歯向かうものは、女子供とて一人残らず撫で斬りにするのじゃ」
重い沈黙が場を覆う。
平安時代から国家鎮護の山として重んじられてきた、比叡山延暦寺。
そこに攻めかかるのは、仏敵となることを意味する。
この時点で、浅井・朝倉軍が籠城しているわけではない。次に戦が起こった時、また敵方の拠点となるであろう比叡山を潰しておく目的と、見せしめのための虐殺だ。
命じられて絶句する光秀、そこに藤吉郎が名乗りを上げる。
「殿っ! そのお役目、この猿におまかせくだされ!」
「ならば、おまえら二人でやれ。しくじればお前たちの命も無いと心得よ」
誰もやりたくない役目を引き受けた藤吉郎、その目的とは。
侍が背負う命
兄弟ふたりきりになった後、小一郎は馬鹿なことをしたと兄を責める。
藤吉郎は、延暦寺には麓での戦を避けて逃げ込んだ村人がいる、その者たちだけでも助けるのが目的だと言う。それが叶うかはわからない。だが、藤吉郎は
「ひとつだけわかっておる。わしが侍になったのは、こんなことをするためではない」
静かな目でそう語る藤吉郎からは、固い覚悟が窺える。
兄弟はなぜ武士であり続けるのか。
蹂躙された故郷、喪った妻の直(白石聖)。
兄の言葉が、小一郎にこれまで経験した悲劇と、目指す世を思い出させる。
いま小一郎の果たすべき役割は、宮部継潤の調略だ。
信長は必ずまた浅井討伐に乗り出す。そのとき、宮部継潤がこちらについていれば、大きな戦いは避けられるかもしれない。
無駄な血がこれ以上流れぬように、兄と弟はそれぞれに力を尽くす。
兄弟の言葉を陰で聞いていた弥助も静かに決意する。
侍として生きるのであれば、子を手放す覚悟は持たねばならないのだ。
それでも弥助は、母としてのともの痛みを思い、涙した。
「儂ら男には計り知れぬ。どれほどの悲しみか……」
これまで、どちらかというと間の抜けた人物として描かれてきた弥助の真摯な思いと優しさに胸打たれる。
ともを説得する場面は、比叡山延暦寺の女子供、無辜の民が犠牲になる姿と否応なく重ね合わせられる。
頑として受け入れないともは、改めて「なんでうちの万丸じゃなきゃいけないの」と抗うが、
小一郎「儂ら家族は守られる側ではなく、守る側になったのじゃ! 一人でも多くの者が助かる道を選ばねばなりませぬ!」
弥助「儂らの子が、多くの人を救えるのだ。その姿を見守ろうではないか」
頭では理解できても、感情が追いつかない。説かれて涙を流し無言で嫌だと首を振り続けるともに、小一郎は頭を下げて頼み込む。
「万丸のことは、ずっと見守り続けまする!」
小一郎の言葉に偽りはない。たしかに、小一郎は万丸──のちの豊臣秀次を見守り続けるのである。小一郎が生きている間は。
後の歴史を知ると、なんとも言えない皮肉を感じさせる台詞である。
咽び泣く光秀
翌、元亀2年(1571年)9月12日。
光秀と秀吉の軍は比叡山延暦寺に総攻撃をかける。
比叡山延暦寺は多くの僧兵を抱えているが、一気に押し寄せる軍勢の敵ではない。
斬り進む光秀と藤吉郎は、場所は違えど同様に、怯える女子供と対峙することになる。
藤吉郎の目の前に、万丸と同じ年頃の少年、その子を抱いて震える母。
信長の命令に背けば命はない。数秒の葛藤の後に、跪いた藤吉郎は穏やかな声で
「案ずるな。必ず仏様がお守りくださる。早く逃げるのじゃ」
なんのために自分は侍でいるのかという思いが、藤吉郎を導くのだ。
過去の大河ドラマでも、木下藤吉郎秀吉が比叡山焼き討ちで女子供を逃がす場面は描かれてきた。実際に秀吉がそうした行動に出たという確かな記録はない。
だが、比叡山に攻め上った織田方の武将たちの中には、こうして逃がした、あるいは逃げてゆく民を見て見ぬフリをした者がいたのではないだろうか。
藤吉郎の兜の下の表情は、そんな想像をさせる。
一方、光秀は、信長の命令通りに女子供を撫で斬りにする。
光秀の足元に転がる、無数の遺骸。燃え盛る堂内で、返り血を浴びた顔に涙を浮かべ
「信長様の目は欺けん。こうするしかないのだ。こうするしか」
将軍義昭の間諜であると信長に見破られないためには、これしかないと鬼の道を選んだのだ。
だが果たして、焼き討ち後に光秀は義昭から叱責を受ける。
「なんということをしたのじゃ。人の所業とも思えん」
「公方様とのお約束を果たすために、今は信長に従うほかは」
「わしのせいと言うのか。わしのために罪なき者の命まで、数多奪ったというのか」
現代にも通じる。
「何? 俺のせいってこと?」上に立つ者がこれを口に出してはおしまいである。
命令に従った者の立つ瀬がない。
義昭は光秀を間諜として送り込む時点で覚悟をすべきであった。
義昭のためならなんでもするという光秀の覚悟を見誤っていたとも言えるだろう。
せめて「わしのためによくやってくれた」という言葉があったなら。
広い座敷に独り残され、咽び泣く光秀の姿が、あまりにも哀れだ。
信長のデレっぷり
義昭とは対照的に、信長は光秀を称賛する。
しかも恩賞として近江国滋賀郡を与え、城持ち大名としたのだ。
対して、藤吉郎には──
「藤吉郎。おぬしには切腹を申しつける」
「わしの目はごまかせぬ。お前はもとより、わしの命に背くつもりであったろう」
全く動ぜず弁解もせず、信長の言葉を受け止める藤吉郎の代わりに小一郎が動く!
調略した宮部継潤を招き入れた。
「こたびの叡山攻めで、木下殿に命を救われた者の中には、なじみの者が大勢おりました。この者たちと共に生きてみたいと思うたのです」
浅井の重臣を調略する使命を果たした木下兄弟を、こたびだけだと許した信長は
「サル! 二度とわしに今日のようなことを言わせるな」
……えっ……。
藤吉郎を失わずに済んだ安堵のあまり、思わず出た一言なのだろう。
周りにいる者を愛する、それを駄々洩れにする信長。
見ていて恥ずかしすぎるが、こんな男だからこそ、冒頭の宴会のように家臣が慕うのかもしれない。
最後は、宮部継潤と、ともと弥助夫婦が対面する場面で締められた。養子という名の人質として預けられた万丸ではあるが、宮部継潤が温かな人柄であることだけが救いである。
それぞれの覚悟が、それぞれに異なるかたちで人の命を左右する。 その重さを、これでもかと突きつけてくる回であった。
次回予告。
サブタイトルは「小谷落城」──。小さな御守り袋が3つ。そこに入れるのか、木で彫られた浅井家の家紋、三つ盛亀甲花菱紋。御守袋の持ち主は浅井三姉妹か。
次回も女子供の涙が流される回じゃないですか!
そろそろ癒しをお願いします! 竹中半兵衛と蜂須賀正勝がわちゃわちゃしてる場面などが多めにないと耐えられない。
17話、続きが気になりますね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、菅田将暉、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・織田信長編 合本』中公文庫,1999年
谷口克弘(著)『織田信長合戦全録──桶狭間から本能寺まで』中公新書,2002年.
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025