【白央篤司が聞く「自分でお茶を淹れて、飲む」vol.12】瀬谷薫子(編集者)企画を立てて、執筆をして、時にマフィンを焼いて——空っぽになったらお茶を一服
取材/撮影/文・白央篤司
白梅は八分咲きに、そしてミモザが小さなつぼみをいっぱいにつけ出した1月の終わり、瀬谷薫子さんの家を訪ねた。修学旅行生の間をすり抜け、鎌倉駅から17~8分ほど歩いただろうか。小高いところにある瀬谷さんの家は見晴らしがよく、通してもらった居間からは山と空がちょっとしたパノラマに。そして日当たりが一番いいところに、愛猫のおかゆさんがごろり体を横たえていた。
「わ、いつもはお客さんが来たらすぐ逃げちゃうんですけど、タイミング失ったみたいですね。固まってる」と瀬谷さんが笑う。せっかくだからお顔を一枚、とカメラを向けたらすたこら逃げられてしまった。
瀬谷さんは、読みものを企画して自分で取材し、執筆することをなりわいとしている。新刊は東京・早稲田で35年続く喫茶店と、その店主を軸に据えたルポルタージュ。ご店主への敬愛と丹念な取材が一貫して感じられ、読み心地のいい本だった。そして同時に、この人もきっと喫茶時間を大切にしている人なのだろうと感じ、お会いしてみたくなったのだった。
「私がよく飲むのは、よもぎ茶とホーリーバジルのお茶です。それと麦茶や和紅茶も。すべて交流のある農家さんが手作りしているもので、どれも飲んでいて疲れない、やさしい味わいが気に入っています」
今の気分だったらどれを選びますかと尋ねれば、ちょっと考えて瀬谷さんはよもぎ茶を手にとる。お湯を注ぐとほんのり漂う、よもぎの香り。いただいてみれば口当たりが柔らかく、えぐみなどは全然ない。飲んでいるうちなんだか気持ちがのんびりとしてくる。
「淹れていると、もっと香りも出てくるんです。何度も淹れられるんですよ。私、お昼をいつも軽くしているんです。子どもを午前中保育園にあずけてから夕方までが原稿の時間。午後が眠くならないように」
書くのが遅いんですよ、とまた笑う。瀬谷さんの本を読んで私は、言葉選びが綿密でおざなりなところが一切ない人、という印象を受けていた。行間にいつも静かな緊張感がある。こういう文章は書くときに消耗するだろうなと思っていたので、「原稿を書いているうち、空っぽになってしまうんです」という言葉を納得しながら聞いていた。空っぽになったら補うため「必ずおやつの時間を設けて、あったかいお茶も飲む」のを毎日の習慣としているそう。
「でもお茶を飲む文化って、これらの農家さんのお茶と出合うまで私はなかったんです。野菜を使ったマフィンを作っていることもあり、あるとき友人が農家さんを紹介してくれて」
そう、瀬谷さんは月に何度かアトリエを開放してマフィンを焼く。楽しみに待っているファンも多いのだ。始まりは2019年のこと、まだ雑貨や生活情報を扱う媒体の社員スタッフだった頃に話はさかのぼる。
「もともとパン作りが好きで、学生の頃はベーカリーでアルバイトもしていました。それでとにかく、また焼きたくなっちゃったんです。当時の勤め先は業務管理がちゃんとしていて残業が一切ない。ありがたいことですが私、エネルギーが余ってしまって」
そのエネルギーをどこに持っていくかと考えたとき、マフィンが浮かんだ。元々好きな焼き菓子の中でも特に好き。「分かりやすい食べもの」だから、と。
「中にいろいろ混ぜたり、のせたりもできる。おにぎりみたいな存在というか。くずれにくいし、たくましい。人の日常のそばにあるパンだと思うんです」
昔から「人と食」に興味があった。そういったテーマを取材して文章にするのも好きだが、「焼き菓子を作る」ことも好きだし、作ったものは直接自分でお客さんに渡したい。どれもやってしまおうと決めるのに時間はかからなかった。会社から副業も認められ、オリジナルのマフィン作りを続けるうちファンが増えていく。出産を機に会社を辞め、「企画・執筆・マフィン」な瀬谷さんだけのライフスタイルができあがっていった。
半生を駆け足でお聞きして、またちょっと一服。お茶を飲む時間は、農家さんたちのことを思い出す時間でもあるという。
「何をしてるかなあ……なんて。今の時代にあえて農業を選んでいる人たちって、やっぱり面白い人が多いんですよ。自分の地元を大事に考えて、その里山の自然や環境をどう守っていくのか、といった広い視野を持っている。彼らと接するうち、私の視界とは尺が違うなってよく思います」
地域の特性を考えて活かし、発信するにはどうしたらいいか。交流している農家さんたちはそんな考えと共に野菜を生み出している――といった話が印象的だった。瀬谷さんがお茶をすする時間は、彼らと交わした思いの反芻の時間でもあるのだろう。交流のある農家さんたちの野菜が届くたび、込められた思いを瀬谷さんは日々の食事に、そしてマフィンに変えていく。