考察『豊臣兄弟!』信長(小栗旬)の尾張一統への断固たる意志。悲劇の後、兄弟が太陽に臨む2話…
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
百姓息子ではどうすることもできない?
そうだ、これは戦国大河だった。
大河ドラマ『豊臣兄弟!』の2話は、早くもそれを思い出させる悲劇的な展開となった。
だが同時に、希望を信じる人間の強さを描いた回でもある。
悲劇と希望を、主人公・小一郎(仲野太賀)はどう受け止めたのか。
冒頭では、小一郎の想い人・直(白石聖)に縁談という大事件。
想いあっていることははっきりしている。だが村を統治する土豪・坂井喜左衛門(大倉孝二)の娘と、父を失い没落した家の百姓息子では、どうすることもできない。
……本当にそうか? 兄・藤吉郎(池松壮亮)の誘いを受けて、清須城城主・織田信長(小栗旬)の家臣となれば、直と結ばれることは可能ではないか?
そんな思いが小一郎の頭をよぎるが、自分には田がある、母姉妹がいる。
望みを打ち消す小一郎に「おまえ、本当にそれでいいんか」と肩を叩きたくなる。
だが、この青年を戦に出したくないという気持ちもある。
仲野太賀演じる小一郎には、乱世に飲み込まれてほしくないと思わせる、素朴な魅力があるのだ。
小一郎が豊臣秀長になると知っていても──。
浜辺美波版・寧々の人物造形は…
兄・藤吉郎がいる清須の場面。
戦国時代が舞台の過去の大河ドラマを振り返ると、珍しい描写だなと思った人物が2人いる。
1人は寧々(浜辺美波)。
寧々(おね/北政所)は、大河ドラマでも登場回数の多い人物だ。これまでの大河ドラマは本作含めて65作。
そのうちの21作品に登場した。
寧々を主人公に据えた『おんな太閤記』(1981年)主演、佐久間良子が作り上げたものだろうか。賢く辛抱強く、包容力ある女性というイメージが主である。
大河ドラマ『秀吉』(1996年)で沢口靖子演じたおねはハキハキとして、時に堪忍袋の緒が切れ秀吉にグーパン食らわせるような喜怒哀楽がはっきりした女性だったが、基本的には辛抱強かった。
それが本作では、
寧々「(侍女が)みんなやめちゃうのよね。喧嘩するか、泣いて逃げ出すか。私そんなにキツイかしら」
藤吉郎「キツイというより自分勝手というか、振り回されるというか」
あくまでも今の時点での、藤吉郎による評価ではあるが、自分勝手で周りを振り回す寧々というのは新しい。
温厚そうな父・浅野長勝(宮川一朗太)が登場したので、この人に大切にのびのびと育てられた娘であれば、勝気さも自然に思える。
永禄2年(1559年)では11歳とまだ幼い寧々は、これからどう成長してゆくのだろうか。
“サル”に心を開くお市
珍しい描写だと思ったもう一人の人物は、お市(宮﨑あおい)。
織田信長の妹である。お市もまた、戦国大河の常連だ。
信長の岩倉城攻めで、城内の主だった者は皆付き従った。お市は退屈だと、藤吉郎を呼び出して、何か面白い話はないかとせがむ。
お市は、藤吉郎を話し相手として扱っているのだ。室町時代、将軍や大名の側近くで物語などを語り、話し相手をする者を御伽衆(おとぎしゅう)、御咄衆(おはなししゅう)と呼んだ。
清須城の段階でお市が藤吉郎と親しくしているのは、大河ドラマでは記憶する限り、ほとんどない。
藤吉郎が小者(非武士身分の奉公人)、足軽の身分では当然なのだが、お市の視界に入っていなかったり、作品によっては「サル」と毛嫌いされていた。優しく言葉をかけられるパターンもなくはないが、今回ほど近しい間柄は初めてだ。
『願いの鐘』という昔話を面白おかしく語って聞かせた藤吉郎に、お市は
「退屈というのは嘘じゃ。本当は苦しいのじゃ」
と、心の内まで明かす。
過去のどの作品とも違う藤吉郎とお市の関係。今後、物語にどう影響を及ぼすのだろう。
ところで、寧々とお市、それぞれに会う直前の藤吉郎に注目したい。
それは織田家臣団の中で槍の名手として知られた、城戸小左衛門(加治将樹)に槍の稽古でさんざんに叩きのめされた後、浅野長勝から洗濯物を預かって寧々を訪ねる場面。
足軽大将になるどころか、小者の仕事しか任されない。
藤吉郎は屋敷の門をくぐる前に小さく溜息をつき、打ちひしがれた気持ちを切り替えて笑顔を作る。そうやって自分を引き立たせてから、屋敷に入り寧々を呼ぶ。
また、お市に呼ばれて駆けつける前には、修練場でひとり槍の稽古をしている。
ときに落ち込み、ときに苦手を克服しようと陰で努力をする藤吉郎。
豊臣秀吉は特に近年の大河ドラマでは、若い頃から恐ろしい男と描かれがちだが、本作の秀吉=藤吉郎は、人間らしい、普通の青年としての顔を見せるのだ。
兄・信長の“鬼”の顔
お市が藤吉郎に打ち明けた苦しさとは、兄・信長の胸中を慮ってのことだった。
信長は尾張国(現在の愛知県西部)統一のため、織田伊勢守信賢(のぶかた)と戦っている。伊勢守の降伏の申し出を拒絶し、停戦を進言する家臣団を一喝する。
「儂が目指すは見せかけではない、真の尾張一統じゃ!」
この前年の永禄元年(1558年)、信長は家督争いで対立した弟の信勝を謀殺した。
居並ぶ家臣のうち、林秀貞(諏訪太朗)と柴田勝家(山口馬木也)は信長を廃嫡し信勝を擁立しようと画策した側だ。
信長の赦免を受けてここに居るが、信長は決して油断できない家臣たちを従わせねばならない。
岩倉城攻めにも手を緩めない。城下町を焼き払って城への供給を断ち、二重三重に鹿柵(しかがき)を巡らして城を囲んだ。
燃え盛る城下の町を見下ろす信長。その耳に女子どもの悲鳴が響く。
お市は、兄・信長は領内平定のために心を抑えて鬼として振る舞っていると言うのだ。
「きょうだいというのは不思議なものよの。お互いのことを、わかりたくなくともわかってしまうことがある。私が今苦しいのは、たぶん兄上が苦しいからじゃ」
お市の言葉に、小一郎を思い浮かべる藤吉郎だった。
ロマンスの予感から、一転…
その小一郎といえば、村で直の祝言当日を迎えている。
やるだろうなと予想はしたが、直が小一郎のもとに逃げてきた。
相手の顔が嫌だの優男が嫌だの、直は
「あんたと違って」と添えることで
「小一郎、あんたじゃなきゃ嫌だ」と言っている。
「わしは関わりないじゃろうが……」と力なく目をそらす小一郎に、業を煮やしてついに直がはっきり言う。
「小一郎!いっしょにこの村を出よう!」
直はその名の通り、まっすぐだ。
駆け落ちでロマンスに突き進むかと思ったが、また野盗の群れが襲ってきた。
小一郎の勇気と機転で野盗の頭目たちを追い払う。
この場面で、正直ぬるいな……と思ったのだ。
追い払っただけではまた来るだろう。映画『七人の侍』(1954年)なら百姓らが野盗に竹槍突き立ててるぞと舌打ちしかけた、その瞬間。
鉄砲の音が響いた。
そこから事態は急展開する。
新たな野盗が現れた。いや、本当に野盗か?
第一陣とは違う。装備は揃い、剣の腕も遥かに強い。現れた賊は先の野盗どもを次々と斬り伏せてゆく。
これまでとは違うと悟った小一郎は、直を連れて身を潜める。
その間にも村は蹂躙されてゆく。男も女も子供も関係なく無惨に斬られ、響き渡る悲鳴。
どれだけの時間が経ったのか。
静寂が辺りを包んでから出てきた小一郎と直が目にしたのは、地獄絵図と化した故郷だった。
悪夢のような景色の中に、小一郎は幼馴染である信吉(若林時英)の首を見つける。
合戦で武士の首級を取るのとは違う、生き残った者に恐怖を植え付けるための首。
酸鼻極まる。
「わしらが何をした! なんなんじゃこれは!」
小一郎の慟哭に、いつの間にか現れた藤吉郎が応える。
お市との語らいで弟を思い、やってきたのか。
「これがこの世じゃ!」
藤吉郎にとっては、故郷を離れた後あちこちで見てきたであろう景色だ。戦国のこの世で、いやと言うほど繰り返された惨劇。
藤吉郎に小一郎が怒りをぶちまける。
「兄者など呼んどらんわ! 要らんのじゃ、役に立たん足軽など。
信長も信長じゃ。偉そうなこと言うて、ちっともわしらを守ってはくれんじゃないか」
これが新たに押し寄せてきた賊──いや、彼らを差し向けた者の真の狙いなのだろう。
お市が信長に「最近、野盗が増えている。今川方が織田領内を荒らすために差し向けた手勢だろう」と指摘していた。
後から来た賊の目的は略奪ではなく殺戮であった。織田領内を荒らし、信長には民を守る力はないと領民に思い込ませる。
そうなれば酒井喜左衛門のような土豪たちの中には、信長を見限り、敵対する今川方(駿河・遠江国の戦国大名・今川義元の勢力)に付く者が出るだろう。
戦国時代の武士を結ぶのは忠義ではない。利益と安全保障である。
そんな暴力が吹き荒れる下、血を流すのは常に弱い者だ。
憤りを吐き出して泣き伏す小一郎に、藤吉郎が呼びかける。
「侍になれ、小一郎!」
なぜ侍になるのか。この悲しみを、もう二度と味わわないためか。
小一郎にはわからない、迎えに来た藤吉郎にも、きっとわかっていない。
「お天道さまみたいにおなり」
その夜。改めて兄の誘いを受けて悩む小一郎に、母・なか(坂井真紀)が語りかける。
「あんたの好きにしなさい。藤吉郎には藤吉郎にしか、あんたにはあんたにしかできんことがある」
なかは村を出たい小一郎の願いに気づいていたのだ。姉・とも(宮澤エマ)も、婿を取るから男手は心配ないと頷く。
なかは、かつて藤吉郎が村を出る時に病気の小一郎のために高価な薬を置いていったのだと語り(方便だったが)「今度はあんたが藤吉郎を守っておやり」と促す。
日が昇る。
自らの人生を得た小一郎を、朝日が照らした。
「行くわ、兄者と一緒に」
光に導かれるように決意が漏れる。
「あんたら。どうせなら、うんと偉くなっておいで」と笑う母に、
小一郎「わしが行くからには兄者を侍大将くらい、すぐならしたるわ」
藤吉郎「小さいのう。どうせなら、国持ちの大名くらいにはならんとな!」
なか「もっと上じゃ」
あさひ(倉沢杏菜)「将軍さま?」
なか「もっと上じゃ」
昇ってくる太陽を指し「あんたらは、あのお天道さまみたいにおなり」
大河ドラマ『秀吉』の母・なか(市原悦子)を思い出す。
藤吉郎(竹中直人)が迎えに来たとき、小一郎(髙嶋政伸)に兄に仕えてやってくれと頼みこんだのだ。
「あの子(藤吉郎)が生まれた時、私の口に太陽が飛び込む夢を見て、この子は太陽に守られてると」「すぐ侍大将、すぐ城持ち大名。あの子はお天道さまの子だで、この国で初めて百姓の子が天下人になるかもしれん」「あの子の強すぎる熱を遮る雲になっておくれ。小一郎どの、これこの通り。お願い申し上げます」
この場面のオマージュだろう。
兄のためにと頭を下げた大河『秀吉』のなかも、本作『豊臣兄弟!』のなかも、村を出て生きてゆきたい小一郎の気持ちを見抜き、背中を押してやる母心は同じだ。
わしの傍にいてくれと、やっと伝えられた直を伴い、兄・藤吉郎と肩を並べて小一郎は踏み出した。兄弟の門出を祝うように、願いの鐘が鳴り響く。
乱世をおさめる歯車が、かすかな音を立てて回り始めた。
おまけ
次回予告が放送時は無かったので、おまけ。
はるか遠くの地に旅立ったようなイメージのラストシーンだが、小一郎たちの村と清須城は、距離にして約6キロ。豊臣秀吉生誕の地といわれる名古屋市中村区の常泉寺から、現在の清洲城まで、歩いて1時間半弱である。
庄内川が横たわっているので戦国時代はもう少し時間がかかった可能性はあるが、めっちゃ近いね! 直ちゃん、おむすび要らなかったかもしれないな!
次回は『決戦前夜』。
第3話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、白石 聖、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.