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【白央篤司が聞く「自分でお茶を淹れて、飲む」vol.10】高橋佳奈(国際中医薬膳師)茶を飲みながら「何もしない」で好きな動画を見る時間が、自分が“主役”でいられる時間

ペットボトルは便利だけど、「自分でお茶を淹れて、飲む」行為には、かけがえのない良さがあるように思えてならない……。「生活にお茶は欠かせない」人たちは、どんな風にお茶と付き合っているのだろうか? 『台所をひらく』などの著作で知られるフードライターでコラムニストの白央篤司さんが「お茶」をテーマにインタビューする連載第10回は高橋佳奈さんのお話です。

取材/撮影/文・白央篤司 編集・アライユキコ

喫茶しながらのんびりできる、楽しめる場にしたい

カフェオーナー、国際中医薬膳師 高橋佳奈(たかはし・かな)。1970年生まれ、福岡県に育つ。絵本の出版社勤務を経て調理師に。飲食店、ワインショップ、ギャラリー勤務を経験したのち、2010年にカフェ「タビラコ」を東京・世田谷区にオープン。薬膳に興味を持ち、2017年に国際中医薬膳師の資格を取得する
カフェオーナー、国際中医薬膳師 高橋佳奈(たかはし・かな)。1970年生まれ、福岡県に育つ。絵本の出版社勤務を経て調理師に。飲食店、ワインショップ、ギャラリー勤務を経験したのち、2010年にカフェ「タビラコ」を東京・世田谷区にオープン。薬膳に興味を持ち、2017年に国際中医薬膳師の資格を取得する

黄色いケトルから勢いよく湯気が上がる。カップ5杯分は入ろうかという大きなティーサーバーに、これまた大きなティーバッグをポンと入れ、なみなみとお湯が注がれた。あたりの乾いた冬の空気が湿り気をおびていくうち、中の湯が色づいていく。

「ここ3年ぐらいよく飲んでいる、発芽はとむぎ茶です。漢方薬の研究所が作っていて、くこの葉やくま笹もブレンドされているもの。一気にこの量を作って、一日かけてちびちび飲むんですよ。カフェがオープンしてしまうと飲みたいなと思ったときに淹れてられないですから」

高橋さんの経営するカフェは世田谷線沿いにあり、陽光のよく入る立地だった
高橋さんの経営するカフェは世田谷線沿いにあり、陽光のよく入る立地だった

実は高橋さん、薬膳に興味を持って勉強を始め、7年前に国際中医薬膳師の資格も取っている。体の不調や、体質的に弱い部分に対して日々の食生活からアプローチを考える薬膳の在り方に共鳴したのだった。だがカフェの中では、特に強く薬膳をアピールしてはいない。

「メニューには一部取り入れたり、生薬入りのシロップなども作ったりしているんですが、お客さんそれぞれに体質や生活のありようも違うし、診断ができる場所でもないですからね。また、お客さんがみんな薬膳を求めているわけでもないし」

カウンターの中にいるときは必ず髪を結ぶ。北海道の小樽に生まれて、1歳半で福岡の北九州市に引っ越して18歳までを過ごした
カウンターの中にいるときは必ず髪を結ぶ。北海道の小樽に生まれて、1歳半で福岡の北九州市に引っ越して18歳までを過ごした

高橋さんの仕事はカフェ経営で、お店はひとりで回している(カフェ「タビラコ」のインスタグラムはこちら)。開店前、お店の準備と一緒にその日自分が飲む用のお茶も用意しているのだった。いただいてみれば実に口当たりのやさしいお茶で、香りも穏やか。飲み疲れなさそうな感じが、仕事中の飲みものとしてぴったりに思える。はとむぎというと、肌にもいいなんて聞くけれど。

「そうですね、私は元々アトピーなのもあって。あと利水にもいいとされます。私は水疱ができやすい体質でもあるんですよ」

手にしているのは実家を出るときに持ってきた急須。「もう30年前ですね、いくつか持ってますけど結局この急須を一番よく使っています」。どこのどういうものかは分からない
手にしているのは実家を出るときに持ってきた急須。「もう30年前ですね、いくつか持ってますけど結局この急須を一番よく使っています」。どこのどういうものかは分からない

あくまでカフェとして、喫茶しながらのんびりできる、楽しめる場にしたい。もし薬膳に興味のある人が来れば、分かる範囲で答えることもある――といった気楽な感じで、店とお客さんとの距離を作ってきた。

メニューには紅茶、チャイ、ハーブティー、ルイボスティーにコーヒーも並ぶ。高橋さんは自分のお店を持つ前、レストランやワインショップ、ギャラリースタッフなどを経験してきた。その過程で出合った「おいしい!」と心から思えた茶葉や豆をずっと仕入れている。

午前11時ごろ店に来て準備をはじめ、オープンは13時。以前はランチもやっていたが、そのときは「ランチがメインの店」になってしまい、ゆったりお茶を楽しむようなお客さんは少なかった。「自分がやりたいお店とはちょっと違う」と感じたことから、現在のスタイルに。

「取材なのに髪ぼさぼさで、すみません(笑)」と気さくに迎えてくれた
「取材なのに髪ぼさぼさで、すみません(笑)」と気さくに迎えてくれた

お茶は好きだが、特別こだわっているとか、おいしく淹れるコツをしっかり守って……という感じでもないと苦笑する。

「お客様に淹れるときはもちろん丁寧に淹れていますが、自分用には計量などもせず、ざっくり淹れてますよ(笑)」

近所で買える紅茶のティーバッグがおいしいんです、なんて話が広がる。飾らず、垣根を作らない人柄を感じながら聞いていた。悠々として泰然という感じ。その穏やかなキャラクターが、先に淹れてくれた発芽はとむぎ茶の味わいと通じるような。しかしこの白いマグ、手なじみの良さも印象的だ。

持ってみると実におさまりがよく、温かみのある感触
持ってみると実におさまりがよく、温かみのある感触

「井山三希子さんの作品です、お店ではコーヒー用に使っていて。もちろん作品も好きなんですけど、井山さんのお人柄も好きなんですよ。うちで使わせてもらっているうつわって、大体そういう感じで仕入れてきたというか」

縁あって知り合ったうつわ作家が、個人的に店に遊びに来てくれて交流がはじまる。次第に人柄がよく分かって、作品の雰囲気と重なって感じられたとき、うつわを手元に置きたい、店で使ってみたい──そう思うのだ、と教えてくれた。

自宅で使っている愛用のカップは駒ヶ嶺三彩さんの作。「駒ヶ嶺さんも、作品とお人柄の両方が大好きなんです」。緑茶もコーヒーもこれひとつで飲んでいる
自宅で使っている愛用のカップは駒ヶ嶺三彩さんの作。「駒ヶ嶺さんも、作品とお人柄の両方が大好きなんです」。緑茶もコーヒーもこれひとつで飲んでいる

仕事でしていることは“影”の仕事だと思うんです

仕事を終えて帰宅するのは21時ぐらい、そこからが高橋さんのリラックスタイムとなるのだ。

「ネットフリックスなんかでドラマを2話分ぐらい見てから寝る。家でひとりのときはお酒って飲まない。ノンカフェインのカモミールティーとかあずき茶なんかを飲んだり、白湯を飲んだりしながら見てます。この時間が、とても大切(笑)」

おおよそ3時間ぐらいの「動画をボーッと見る時間」が、明日を生きるために必要なのだそう。いわば英気を養う時間だ。高橋さん、このことを語るときは言葉にアンダーラインか集中線が見えるようだった。

「私が仕事でしていることは“影”の仕事だと思うんです。誰かのお茶時間をいいものにする、心地よく過ごしてもらえるようにする。私を話し相手に来てくれる人もいますし。そのときは雑談相手に徹して」

お客さんが多いと、明日の仕込みなどは閉店後になることもしばしば。帰宅して「何もしない」で好きな動画を見る時間が、一日のうちで自分が“主役”でいられる時間というわけだ。といったことを教えてくれながら、お気に入りのお茶うけを勧めてくれる。

「人形焼きが好きなんですよ。そのまま食べるんじゃなく、タテ半分に切って中にバターを入れる。これがとってもおいしいんです。よかったら、どうぞ」

ああ……ホントだ、おいしい。おいしい! 「ちょっと。なんですかこれ」とか受け答えてしまった自分に笑った。バターの塩味と、あんこ&甘い生地とがよく合うことよ。

「もうひとつよかったら、どうぞ」と高橋さんも笑う。私はよほど気に入った顔をしていたのだろう。甘いものがお好きな方、ぜひお試しください。

高橋さんお気に入りの人形焼きは「鈴富製菓」のもの。残念ながらカフェでの提供はなし
高橋さんお気に入りの人形焼きは「鈴富製菓」のもの。残念ながらカフェでの提供はなし
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