デザイナー小泉誠さんの“使い勝手を支える”デザインの秘密
撮影・青木和義 文・嶌 陽子 構成・堀越和幸
“僕にとっては何を作るかより、まず誰と作るかが大事です”
“家具とは暮らしの道具”という考えのもと、台所道具から建築まで、幅広くデザインを手がけている小泉誠さん。もの作りのプロセスや考え方について聞くと、意外な答えが返ってきた。
「僕にとっては何を作るかより、まず誰と作るかが大事です。デザイナーって、一人ではものを作れないんですよね。作り手がいないとできない。だから『こんな道具がほしい』ということより、作り手の得意な技術や意欲などを考えるところからスタートします。作り手のモチベーションが低いと製品にも影響するし、もの作りも長続きしない。ものを作るというより、作り手の“ものを作りたい気持ち”を作るという意識でいつも取り組んでいるんです」
そうやって全国各地の作り手たちと丁寧にコミュニケーションを取りながら、これまでに約1000点の道具を生み出してきた。そのうち、現在も購入できるものは800点ほど。「廃番になったものが少ないことは、ちょっと自慢できる点かな」と話す。大事にしているのは機能的であること、タフであること、そして情緒的であることだ。
「機能はちょうど“十分”でなければいけません。七分でも八分でもだめですし、十二分でもだめ。多機能すぎるものって、結局使わなくなるんですよ。またタフというのは、単に頑丈であればいいということではなく、素材ごとの性質なりに長持ちできるかということです。情緒的であること、つまり使い心地のよさや見た目の美しさ、愛着を持てるか、さらには使っていない時の佇まいもといったこともとても大事。そうしたことを常に意識しています」
“試行錯誤を重ねていけば、ものの「使いやすい形」は必然的に見えてきます”
新しい道具を作る際は、まず同じジャンルの市販品を集めてきて徹底的にリサーチ。図面を引くのはもちろん、「手でよく考えること」も大事にしているため、自ら模型を作ることも多い。さらには試作品をスタッフと共に試してみて、使い勝手をとことん検討する。
「たとえばサーバースプーンだったら、持ちやすい長さや重さであるか、料理をすくいやすいか、使っている時の所作が美しいかなど。そんなふうに試行錯誤を重ねていくと、使いやすい形というのが必然的に見えてくるんですよ」
そうやって生み出した道具は、どれもがシンプルな佇まい。自ずとそうなるのだと小泉さんは言う。
“「シンプル」とは引き算ではなく、むしろ足し算だと思います”
「シンプルって、削ぎ落としていく引き算のイメージがあるかもしれませんが、作り手からするとむしろ足し算という感覚です。必要なものだけを積み重ねていった結果、『ここだ』というラインにたどり着くんです」
過不足のない、ちょうどよい道具を生み出すうえで欠かせないのが、高い技術を持つ作り手の心意気。時には作り手のこだわりがすごすぎて、小泉さんがたじろぐこともあるほどだ。
“みんなで問題点を出し合って、日本一おいしいホットパンを作りました”
「ホットパンを作った時がそうでした。日本一おいしいホットサンドが作れるホットパンを作ろうと、作り手も含めてみんなでいろんな問題点を話し合いました。途中から作り手が、自分たちが得意とするワイヤー加工を取り入れたいと言い出してね。正直、そこまでしなくてもいいんじゃない?って思った(笑)。価格も当初考えていたものの倍以上になってしまい、焦りました」
ところが販売したところ評判が広まり、一時は生産が追いつかないほどのベストセラー製品に。小泉さん自身も「これで作るとおいしいので食べすぎてしまい、一時期太ったくらい」というほど、確実に人々の心を捉えたのだ。
“作り手には、使ってくれる人も仲間。もの作りの分業を担ってくれている”
「作り手の思いやプライドに僕らのデザインが合わさると、こういうものができるんだとあらためて実感しました」
デザイナーや作り手だけでなく、作り手同士や作り手と店を結びつける問屋、道具のよさを伝える販売店など、現代のもの作りはさまざまな人の分業によって成り立っている、と小泉さんは言う。そして私たち使い手もまた、作り手にとっては仲間なのだとも。
「使い手が喜んで使ってくれることが、もの作りを持続させ、次のものを生み出す力にもなる。使う人一人ひとりが、自分たちももの作りの分業を担う一員なんだと思ってくれたらうれしいですね」
機能美が際立つ、小泉さんデザインの道具
『クロワッサン』1151号より
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