『帰れない探偵』著者 柴崎友香さんインタビュー ──「架空の世界に遊ぶ、初の探偵小説です」
撮影・石渡 朋 文・鳥澤 光
不意に、探偵事務所兼住居に帰ることができなくなった──。世界探偵委員会連盟に所属する「わたし」が世界を移動しながら、依頼人の恋人が暮らした部屋を探したり、本や指輪やルーツを探索したり。「探偵の一ダース」特集を組んだ雑誌『MONKEY』からの寄稿依頼が、柴崎友香さんに初めての探偵小説を書かせた。
「書いてみたらおもしろくてもっと書きたくなり、寄稿や連載の依頼に応えるようにして2020年から書き継いできました」
6つの街を舞台に7話が連なる。
「雨の多い場所を書いたから次は暑いところに行こうかな、それとも白夜の街にしようかな、と、旅をしたり滞在したりしたときの記憶を引き出しながら書きました。探偵というフィクショナルな存在を書くならば、フィクションの蓄積を用いて小説の虚構性をあらわにしたいという思いもありました。これまで触れてきた小説、ドラマ、映画などのイメージに乗っかってみるという一種の遊びのような挑戦。好きなものをどんどん入れよう! ということも決めました」
探偵が滞在する国や土地などの固有名詞は出てこない。人名も仮名。名前によって縁取りされない作品世界が、読み手の記憶とフィクションの蓄積に色付けされていくさまがスリリングだ。たとえば名作映画からタイトルを引いた「雨に歌えば」という章。「双子山」を意味する町の名や、殺人事件にかかわるオードリーやローラという仮名に、カルト的人気を誇るあるドラマ&映画を想起する人もいるだろう。探偵が追う謎とは別種の謎をパズルのピースのようにちりばめながら物語は進む。
「私の小説は、自分の生活圏というか身近な場所を書くことが多いんです。でも『帰れない探偵』では、架空の場所という設定だからこそ入れられる現実の世界の要素がたくさんありました。セリフも、いつもの自分だったら書かないような、いかにもフィクションっぽい言葉を選んで書くことができて、それがまた楽しかったです」
記憶と重ね合わせながら世界を見つめる
エッセイやドキュメンタリー、音楽にも多大な影響を受けてきたという柴崎さん。この作品にも、音楽が眩い光を放ついくつもの忘れ難い瞬間が活写される。〈どこに行っても音楽がある。どこの街へたどり着いても、音楽があればそこに居場所がある気がする。帰る場所がなくても、音楽のある場所にはしばらくいていいのだ。〉と探偵を力づける思いが作中を流れ、美しいラストへと導いていく。
「私たちって直接の体験だけじゃなく、読んだものや人に聞いた話なども含めた“記憶”と一緒に生活を送っていると思うんです。幽霊に遭遇した経験がなくても、廃墟に行ったら怖いのはすでに受け取っているイメージがあるからですよね。人って意外にそういうふうにして世界を把握しているんじゃないか。誰かの記憶と存在に思いを馳せてもらえたらと思います」
『クロワッサン』1151号より
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