どじょう鍋、鯛かぶと煮、相鴨すき、ねぎま鍋──江戸前の美味と心意気を求めて
撮影・上原未嗣 文・日高むつみ
どじょう鍋
駒形どぜう(浅草)
ひと口食べたら目から鱗。姿そのままの丸鍋の虜に
真っ赤な炭に据えられた小鍋いっぱいにどじょうがクツクツと煮えている。初見だと頭から尾まで丸ごとの姿に驚くが、ひと口頬張れば味わいの深さに目を見張る。頭から尾までホロリととろけて、わずかなほろ苦さがアクセントに。酒で酔わせて江戸甘味噌を使う独自の下ごしらえを施し、割下で煮ながら食べるどじょうは泥臭さとは無縁だ。享和年間に初代が青物市場に野菜を運ぶ人のため、どぜう汁から始めた一膳飯屋は、3代目発案の丸鍋でさらに繁盛した。庶民の活力源として200余年守り継がれた味を堪能すべし。
鯛かぶと煮
割烹 嶋村(八重洲)
江戸城西の丸の御用を務めた名仕出し店の味を今に
鯛が魚の王と呼ばれるようになったのは江戸時代以降。寛永年間の料理書『料理物語』で魚の筆頭とされ、天明年間にレシピ本『鯛百珍料理秘密箱』が大ヒットした。そんな江戸で愛された鯛を味わえるのが『割烹 嶋村』。嘉永3年に創業し『八百善』と並び称された名店だ。その8代目が代々の口伝や書き付けから料理を再現し、〈幕末会席〉にまとめあげた。コースの中心となる鯛兜煮は酒や砂糖、醤油や味醂で煮付けたもの。メリハリのきいたほどよい味付けが、かえって鯛の繊細な旨味を際立たせる。これぞ江戸を深く知る料理人の味だ。
相鴨すき
あひ鴨一品 鳥安(東日本橋)
熱い鉄鍋でジュワジュワと。旨味濃厚な合鴨肉を頬張る
鷹狩りの際の獲物でもあった鴨は肉食が戒められた時代も禁忌ではなく、江戸時代後期には煎り焼きや鴨南蛮で広く親しまれた。その記憶を伝えるのが『鳥安』だ。初代はもともと江戸常駐の佐竹藩士。稀代の名優・5代目尾上菊五郎丈の勧めで繁華な両国広小路に店を構えた。以来150余年、〈相鴨すきやき〉ひと筋。皮付きのまま分厚く切った合鴨の抱き身(胸肉)を特注の鉄鍋で焼き付け、大根おろしと生醤油で食べる流儀も創業から変わらない。絶妙の火入れ加減に仕上がった合鴨肉は、噛むほどに旨味が湧く。合鴨の脂を纏った野菜もごちそうだ。
ねぎま鍋
ねぎま(大塚)
江戸ではもっぱら庶民の味。マグロのトロは鍋に限る!
今でこそ高級魚のマグロだが、冷蔵庫のない時代は下魚(げざかな)扱い。中でもトロは傷みやすいと嫌われた。それをおいしく食べようと工夫を重ねて生み出されたのが〈ねぎま鍋〉だ。『ねぎま』で使うのは脂が乗り切ったカマトロとハラモ。2センチほどの厚さに切り、たっぷり5分は火を通す。「しっかり熱が入っても身が硬くならずホロリとほどける」とは店主・長橋公代さんの言。筋のコラーゲン質も手伝って口当たりもなめらか。食べ進むうち、つゆにトロの脂がたっぷり溶け出し、生食とは別次元の味わいに至る。江戸庶民の贅沢、ここに極まれり。
『クロワッサン』1145号より
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