『水脈を聴く男』ザフラーン・アルカースィミー 著 山本 薫、マイサラ・アフィーフィー 訳──不思議な能力を持つ少年が辿る人生は
文字から栄養。ライター・瀧井朝世さんの、よりすぐり読書日記。
文・瀧井朝世
アラビア半島の先端にある小国オマーンの作家による長篇。アラビア語圏最高の文学賞、「アラブ小説国際賞」を受賞した作品だ。
井戸で溺死した母親から生まれたサーレムには、地中に流れる水の音を聞き取る能力があった。となると周囲から重宝されるだろうと思ったのだが、村人たちは気味悪がって彼を避ける。だがその後、村が干ばつに見舞われた時、村を救ったのは少年となったサーレムだった。その功績は評判となって他の村にも広まり、彼は「水追い師」となって父親とともに各地を訪ねるようになるのだが……。
雨の少ない地域の生活に詳しくないので、地下水路(ファラジュ)という灌漑システムが興味深かった(これもネット検索して画像を見まくった)。物語としても、少年の成長と人生の開拓、自然の脅威、恋、家族、村社会の人々の優劣関係、ジン(精霊)などの民間信仰、旅、さらには冒険と多彩な要素が詰め込まれていて一気に読ませる。灼熱と水害にさらされる土地で、ナツメヤシの木陰で休み、コーヒーを淹れ、レモンやマンゴーの果樹園で働き、日干しレンガの家で暮らす様子なども想像をめぐらせた。本を開いている間、知らなかった土地に旅した気分。
『クロワッサン』1145号より
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