『棺桶も花もいらない』朝倉かすみ 著──なんとか生きてる人たちの今日と明日
文字から栄養。ライター・瀧井朝世さんの、よりすぐり読書日記。
文・瀧井朝世
老若男女が登場する短篇集。巻頭の「令和枯れすすき」が身につまされた。わずかな慰謝料で離婚した後、長年働いてきた職場をコロナ禍の人員整理で去り、現在は日雇いの派遣仕事で生活する61歳の〈わたし〉。ある時彼女は派遣の事務所で変わり者扱いされている女性から、「ずっとのおうち」の話を聞かされるのだった……。ちょっぴり怖い話なのだが、これが“あなたはどのように死にたいか”という問いを投げかけてくる内容なのである。
一方、彼女と堅実な人生設計を組み立てて着実に歩んできた少年が大学受験で思わぬ落とし穴にはまってからを描く「もう充分マジで」や、家庭環境で苦労を重ねる少女が意外な成り行きで自分の進路を決断する「非常用持ち出し袋」(主人公の芙実ちゃんが愛おしい)など、死に方でなく生き方を模索する若い世代の話も。
ちょっとした刹那、ちょっとした心理の描写がじわじわ沁みてくる一冊。人生に夢とか希望とかがあるわけではなく、むしろコロナ禍をはじめ予想外の困難ばかりだけど、それでも今日を生きている人たち。そんな彼らの低温加減と、それでもほんのり漂うしたたかさが今の自分にしっくりときた。
『クロワッサン』1145号より
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