『世界99』村田沙耶香 著──壮絶な思考実験で描く一人の女性の人生
文字から栄養。ライター・瀧井朝世さんの、よりすぐり読書日記。
文・瀧井朝世
壮絶な思考実験で描く一人の女性の人生
これまでの村田沙耶香作品のエッセンスが詰め込まれた上下巻。一人の女性の人生を描いた大作で、正直、グロテスクなシーンもあることは断っておく(村田作品の読者なら分かっていると思う)。
喜怒哀楽を持たない如月空子は、幼い頃からその時々で、周囲が望むキャラクターを演じている。場に応じて振る舞いを変えることは誰にでもあるだろうが、彼女の場合かなり極端で、〈プリンセスちゃん〉になることもあれば、〈おっさん〉になることもある。
作品世界のなかで特異なのが、ピョコルンというペットの動物と、人種や国籍でなくDNAで認識されるラロロリン人という存在。社会が移ろっていくなかで、彼らの社会的立場も大きく変わっていく。特にピョコルンには驚愕の秘密が隠されていて……。
空子の成長の過程で現実社会にも通じる差別や偏見、格差のありようが盛り込まれはっとする。また、安全で幸福な人生を望めば望むほど人々が思考停止状態に陥っていく様子が怖い。ある年齢で空子は驚きの決断を下すのだが、こんな世界、こんな人生だったらこうなるかもしれない。著者の壮大で壮絶な思考実験が迎える結末に、ただただ圧倒された。
『クロワッサン』1140号より
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