豊かな発酵文化が根付く琵琶湖。井澤由美子さんと美味を探しに
撮影・岡本佳樹 イラストレーション・いそのけい 構成&文・中條裕子
滋賀の食といえば発酵、それには理由がありました
琵琶湖周辺には寿司の原型と言われる“鮒ずし”をはじめ、酒や味噌、醤油、多種多様な漬物といった発酵食が長らく伝わってきた。かつては発酵食を作り保存する「発酵小屋」なる空間がある家も多く、家庭でもさまざまな発酵食品を手作りしていたという。
「たとえば、お米の収穫が多いところでは漬物に糠を贅沢に使ったり、川や湖の魚が穫れれば保存のために発酵させたり。それを代々繋いできたのは、発酵が根付くこの地域だからできたこと」
と、発酵のよさを伝えることをライフワークとする料理家の井澤由美子さん。やはり琵琶湖周辺は気になる場所だったという。今回はそんな発酵文化を担う、5つの現場を列車に乗って訪れてみた。
井澤由美子(いざわ・ゆみこ)さん
料理家
調理師、国際中医師、国際中医薬膳師。レモン塩や乳酸キャベツの火付け役としても知られている。発酵食品を生かしたレシピ開発を多く手がけてきた。
[長浜駅]地元ホテルのプログラムで発酵食品作りを体験
北国街道の宿場町として賑わった木之本。この辺りではかつて家庭でも鮒ずしが作られ、地場野菜を使った漬物作りも季節ごと行われてきた。その技を継承するべく有志11人が集って活動している〈発酵オカン〉と、地元のグランドメルキュール琵琶湖リゾート&スパが一緒になって、新たなプログラムをスタート。採れたて野菜や木之本の酒、醤油、糀などを使い、家々に伝わる発酵食作りを〈発酵オカン〉に教えてもらいながら体験できるのだ。その発酵の技を間近で見た井澤さんいわく「お母さんたちは肌もピカピカ。いい乳酸菌をたくさん摂っているからですね」。
発酵オカン×グランドメルキュール琵琶湖リゾート&スパ
発酵食品作りのプログラムは、毎週月・水・金曜に実施(除外日あり)。1名5,500円。催行日の11日前までに要予約。地元の旬の食材を使い、夏は地元で採れたきゅうりと茗荷の発酵柴漬けを予定。
[マキノ駅]琵琶湖畔で二度の冬を経験し醸成される鮒ずし
琵琶湖が生んだ発酵食といえば、鮒ずし。地元ではハレの日のもの、冬場の保存食、あとは体を整えるといった役割があり、「小さな頃は風邪を引いたらまず鮒ずしでした」と7代目当主の左嵜謙祐さん。その味わいは作り手によりさまざまだが、「うちは夏場に仕込んで発酵を促し、冬場に低温熟成させるという工程を2度繰り返します」。創業より伝わる蔵持ちの菌と、雪が多く厳しい寒さが育てた鮒ずしは香りもまろやか、格別の味わいなのである。
鮒寿し 魚治本店
魚治の鮒ずしを存分に味わえるのが、本店近くの料理旅館〈湖里庵〉。井澤さんも以前に堪能したという、左嵜さんの手による"鮒ずしと湖魚の料理"は昼席、夜席がある。1日1組宿泊もできる。
[野洲駅]蜂蜜を熟成発酵させたお酒に出合う
多くの醸造所を訪れてきた井澤さんだが、蜂蜜が原料のお酒、ミードを造る現場は初めて。「スルスルと体に心地よく入っていく」と、醸造担当の谷澤優気さんに伝えると「糖分が多いミードは優しく酔えるお酒なんです」とのこと。当初クラフトビールの製造準備をしていた谷澤さんだが、あるイベントで口にしたミードに魅せられ、自らが造り手となることに。今は蜂蜜を使ったスコーンなども並ぶ工場内で、近くバーとしても楽しめるようにする予定だ。
ANTELOPE
元パン工場を改装した工場内で、商品販売とミードを製造。蜂蜜や果物を使ったスコーンやパンのブランド〈theta〉も展開。これからの季節は、八朔やみかんと共に発酵させたミードも登場する予定。
[河瀬駅]樽ごとの個性を生かし発酵させる香り高い古式醤油
半世紀ぶりに木桶仕込みを復活させた、6代目の当主である水谷優太さん。実際に醤油蔵に入ってみると、「すごくいい匂い。よい菌と伝統の技が生きている証しです!」と井澤さん。今は蔵に7本の木桶が並ぶ。この桶を使った天然醸造醤油は、少なくとも2回の夏を経て発酵させている。「発酵は1+1が2にならない世界。10にも20にもなるので、どうまとめるかは感覚的なもの。マニュアル化はできない」と水谷さん。同じ原料で同時期に仕込んでも、それぞれ異なる個性の樽と日々向き合い2年かけると、旨みも味わいもしっかりとした醤油になるという。
水谷醤油醸造場
嘉永6年(1853年)に創業。木桶を使った古式製法で土地ならではの醸造を行う。木桶仕込みの醤油〈日日是好日〉は濃口、甘口ほか、だし醤油、柚子ぽんずが揃う。
※通常は要予約にて醤油蔵の見学を行っている。
[長浜駅]醸造所やチーズ工房のある、商業文化施設
長浜の町の中心にある商業文化施設〈湖のスコーレ〉は、発酵にまつわる体験を身近にできる場所。井澤さんは到着すると、まず施設内のチーズ工房へ。そこでスタッフの高本絢子さんにチーズを返す作業などを見せてもらった。その後は併設されている「ハッピー太郎醸造所」で、醸造家の池島幸太郎さんからどぶろくや味噌造りの工程を説明を受けて、実際にホップや柑橘などを仕込んだクラフトどぶろくを試飲。こちらの施設には、製造されたチーズやどぶろくが味わえるカフェや、それらを購入できるストア、ギャラリーなどもあり、充実した発酵時間が過ごせる。
湖のスコーレ
チーズ工房見学+チーズ製造体験は60分2,500円で実施(4名以上で開催)。ハッピー太郎醸造所では公式ラインから予約すると60分3,300円で見学とどぶろくの試飲ができる。
『クロワッサン』1139号より
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