「着物を着ると自分を律することができる。姿勢、所作に活を入れてくれます」クリエイティブディレクター・加藤ちさとさんの着物の時間
撮影・青木和義 ヘア&メイク・林さやか 着付け・秋月洋子 文・大澤はつ江 撮影協力・グランドプリンスホテル高輪
全体をモノトーンでまとめました。長襦袢の翡翠色がアクセントです。
色、柄からオーダーしたという黒地に松葉を散らした付け下げに塩瀬の名古屋帯。キリッとした装いで登場したクリエイティブディレクターの加藤ちさとさん。
「今日、初めて袖を通しました。以前から甘くない大人の付け下げがほしいと思っていたんです。15年ほど前から遠州流のお茶を習っているのですが、遠州流は『綺麗さび』といわれ『わび・さび』の精神に、美しさや明るさを加えた流派。ですから、お茶会は色無地よりも華やかな訪問着のほうが多いんです」
合わせる帯も袋帯がメインになり、フォーマルな印象が強くなる。
「もう少し着物で洒落たいな〜、と思うこともあり……。その点、付け下げならば袋帯を締めればフォーマル感も出ますし、今回のように名古屋帯ならカジュアルに装えます。それで応用範囲の広い付け下げを好きな色と柄で誂えました」
渋い色が好みだったので色は黒に決め、柄は松葉をさりげなく散らした。
「でもそのままだと少し寂しいので、松葉のところどころを金糸で刺繡してアクセントにし、華やかさを出しました」
松葉を散らす位置、向きまでも考慮。
「ここがベスト、という位置を探すのが楽しいんです。柄をどのように置くかで印象が変わりますから。帯は一目ぼれです」
オフホワイトの地色に墨で描いたような柄は、一見『雪輪』のように見えるが……。
「皆さん、そうおっしゃいますが、これは器なんですよ。構図と色が気に入って。京都の工房『成謙』の社長が、信楽でもとめた器が『雪輪』の形だったので、おもしろいと思い、その器を職人さんに見せて描かせた、というエピソードを聞き、器好きとしてはたまらずに、即決しました」
着物にこだわりを持つ加藤さんだが、その思考は祖母や母たちの影響が大きい。
「祖母は神戸生まれでハイカラ好み。趣味の染色で帯を自作し、それを締めることも多かった。地味な着物にハッとするような色使いや柄の帯を締め、凛と着こなしている。かっこいいな〜と子ども心に思ったものです。一方、母はゴブラン織など、洋風な布でバッグや小物を作り、楽しんでいましたね。バッグ作りは祖母から母へと受け継がれた趣味なんです。私も現在、ヨーロッパのファブリックを使った自身のブランドでバッグのデザインなどをしていますから、祖母、母、私と3代、ファブリック好きというわけです」
実は加藤さん、着物は持っていたものの、10代から30代は興味がなかったという。
「実家に置きっぱなしで、袖を通すこともなく過ごしていたのですが、2007年に旅先のフィレンツェ(イタリア)で、年配の女性が着物を着て颯爽と歩いている姿を目にしたんです。どんな着物だったかはまるで覚えていないのですが、石畳の街に着物が映えて、魅せられてしまいました。と同時に、遠のいていた着物への興味が一気に押し寄せてきて……。着物をきちんと知りたい、自分で着たいと思うようになったんです」
帰国後、縁があり京都の着物研究家、三宅てる乃さんに着付けの手ほどきを受けることに。また、長年、骨董の勉強で通っている奈良の骨董商、古家實さん(故)から「器を知るにはお茶が欠かせないよ」と言われ、遠州流家元のもとへ通うことにもなる。
「すべてがご縁で結ばれているんです。着物の魅力は?と問われたら、自分を律することができるところ、と答えます。姿勢、所作、すべてに活を入れてくれる。そしてそれが心地よい。どんな時でも芯が通った人でありたいと思っていますから、着物は私にとってまさに最適な装いといえると思います」
『クロワッサン』1136号より
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