考察『光る君へ』28話「いつも、いつも」と笑い合うのは、道隆(井浦新)在りし日々、華やかな思い出…清少納言は『枕草子』で定子の尊厳を守った
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
惟規の優しさ
貴人は自分で赤子の世話をしない。それは乳母の仕事だからだ。ちやは(国仲涼子)が生きていた頃は、男子である弟・惟規(のぶのり/高杉真宙)のための乳母・いと(信川清順)を雇うのが精一杯だったのか、まひろ(吉高由里子)に乳母はいなかった。1話(記事はこちら)で「えっ。いないの?」と驚いたので、まひろの娘に乳母・あさ(平山咲彩)がいて安心……。
けれども、おむつ替えなどを自分で「やってみたいの」という台詞はまひろの好奇心の現れか。
惟規は赤子の顔、おでことか耳も宣孝(佐々木蔵之介)に似ている! と強調する。
「無理してないよ、別に」
宣孝と姉・まひろの関係が冷えている時期があったことも、元カレ・三郎(道長/柄本佑)とのことも知っている惟規だ。それでも、無理して言っているわけではないと言う。君ってば本当に優しいね! ところで、惟規に通う先……彼を婿として受け入れてくれた女はいるのか、ずっと気になっている。史実はともかくドラマ内では現状、どうなんでしょ。
詮子の悲しみ
一条帝(塩野瑛久)の女御となった左大臣家の娘、彰子(見上愛)は、一帝二后が実現すれば中宮となる。そのアシストをしようと、倫子(黒木華)は帝の母である女院・詮子(吉田羊)に帝の好みを訊ねた。
詮子「帝のお好きなもの……よく知らない。あなたは子らの好きなものを知っているの?」
倫子「もちろんでございます」
倫子は詮子と違う。入内を望む父に嫌だと言える親子関係だった。政の道具としてではなく、娘として愛された。夫に大切にされ、息子と娘をただの我が子として見つめ育てた女性……。
それに気づかされた詮子が浮かべる、悲しみの笑みがつらい。
ところで、一条帝の好きなもの……13話(記事はこちら)で定子(高畑充希)が「主上のお好きなものをお教えください」と問い、一条帝は「母上」と答えている。
詮子は息子に愛されていた。恐らく今も本当は愛されている。このふたりが普通の母と息子ならどんなに幸せだったろうと、胸が痛み泣いてしまった。
笛は聴くもの
赤染衛門先生(鳳稀かなめ)が彰子の女房になっている。衛門先生の女房装束、かっけえ! と思わず声が出た。クールで強そうで、よくお似合い……。
年ふればよはひは老ひぬしかはあれど花をし見れば物思ひもなし
(年月を経て私は老いた。しかし、この花……后である我が娘を見ると、何も心配事がないのだと思える)
衛門先生の解説通り、この歌は彰子の先祖である摂政・藤原良房の歌だ。
先生は「彰子様もお父君を安心させるような后におなりください」という意味で講義していたと思われる。そこに帝のお渡り……。一条帝が彰子に笛を聴かせる。
「こちらを向いて聴いておくれ」
「笛は聴くもので、見るものではございませぬ」
これは『栄花物語』にあるエピソードだ。15話(記事はこちら)で、笛を吹く帝とまなざしを合わせてうっとりと聞き惚れる定子の様子は、この彰子とは対照的……そんな伏線でもあったのだ。
それにしても、この場面の衛門先生の表情がとてもいい。彰子の言動にハラハラしている様子はちょっとコミカルでもあり、鳳稀かなめの芝居が大河ドラマでこう活きるとは予想していなかった。
行成の感激
まるで自我が感じられない、操り人形のような彰子に我が身を重ねる一条帝。
「少し可哀そうになった」「彰子を形の上で后にしてやってもよいのやも」
そうきたか……! 帝がそれで心が動かされる展開だとは。
蔵人頭・行成(渡辺大知)に道長が感謝する言葉は行成の日記『権記』に記されている。今回の28話は『権記』を読んだことがある人ならば「あのシーンだ!」と嬉しくなる場面満載だった。
「そなたの立身は勿論この俺が。そなたの子らの立身は俺の子らが請け負う」
行成が感激した瞬間、バァン!と道長が倒れる。少年時代から秘かに思っていた相手、そして自分の立身出世を約束してくれた最高権力者に言ったそばから倒れられては、行成としては二重三重の意味で驚いただろう。
まひろの子守歌
まひろが姫に、子守歌がわりの漢詩「蒙求」(もうぎゅう)を暗唱する。
「王戎簡要 裴楷清通……(おうじゅうかんよう はいかいせいとう)」
(王戎は物事の要点をつかみ、裴楷は物事によく通じた)
第1話で父・為時(岸谷五朗)が幼い惟規に聴かせていたのと同じ、つまりまひろが子どもの頃に傍で耳にして覚えたものだ。中国の偉人の有名な逸話を四字一句、偉人ふたりを対にして覚えやすくしてある。中国で唐の時代に子どもの教科書として編纂された書だ。平安時代に日本に伝わり、学問の初歩の初歩として学ばれた。
裴楷清通のあとに『三国志』で有名な諸葛亮孔明を表す、
「孔明臥龍(こうめいがりょう)」
(孔明は臥せる龍の如き人物であった)
……と続き、幾人もの名前と逸話が並べられ、中には、
「孫康映雪 車胤聚蛍(そんこうえいせつ しゃいんしゅうけい)」
(孫康は雪明かりを、車胤は蛍を集めて明かりとし学問に励んだ)
この句もある。そう、蛍の光、窓の雪──「蛍雪の功」だ。まるで呪文のような漢詩も、それに親しんだ人々によって、今を生きる私たちと繋がっている。
「まだ早い」「姫様でございますが」と、いとと乳母・あさは呆れるが、まひろは教育熱心というよりも自分が面白い、楽しいと思ったものを我が子に与えているのだ。
行成の誠実さ
明けて長保2年。西暦ちょうど1000年。彰子立后に向けて道長が動き出す……が、安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)が先んじて動いていた。
「藤壺の女御様(彰子)中宮ご立后の日は2月25日」「先に占っておきました」
これらを日記に書いて(あっ。いかん)と墨で消した跡は、国宝『御堂関白記』にそのまま残っている。こうした部分を再現するあたり、NHK大河ドラマならではのこだわりを感じて、とても好きだ。
そして、改めて行成が彰子立后について「中宮・定子が出家して以来、大原野社の神事をする后がいないので、彰子を中宮にして神事を行うべき」と帝を説得、奏上したということは『権記』にある。
渡辺大知の演技は、この説得が道長に息子の代まで立身出世を約束されたから……というのではなく、これ以上の国の乱れはなんとしても食い止めたいと願うからという、行成の人間としての誠実さを感じさせるものだった。
これが年の功?
豊前(現在の大分県)の宇佐八幡宮から帰った宣孝と、まひろの娘の対面。そして命名「賢子(かたこ)」
「父上だぞ」「まひろの機嫌のよいときの顔に似ておる」「まひろの子ゆえ賢いことに間違いはない」
自分とは血がつながっていないなど全く感じさせない、父としての優しい言葉。赤子が似ているのはまひろとだけ。そして、実の父である道長にも、
「先日(まひろに)子が生まれまして」「初めてのおなごでございますゆえ、可愛くてなりませぬ(生まれたのは娘でした。可愛がって大切に育てます)」
という報告まで。行き届きすぎている……これが人生経験、年の功というやつかと震える思いだ。宣孝が帰ったあと、かなり時間が経ってから
(……ん?)と気づいたらしい道長、頼む! 気づいて! あなたの子、石山寺ベビーです!
定子の切ない願い
彰子が立后の儀式のため内裏をいったん退出した翌日、定子と親王・内親王が内裏に呼ばれる。ひさしぶりのコソコソ噂話・内裏勤務女房さんたち!
「どういうおつもりで」「最低」「どのツラ下げて。恥知らず!」
仮にも中宮が、すごい言われよう。前々から心配しているが、まひろがこの女房たちと渡り合えるのか……? 清少納言は画鋲をまかれたりのいやがらせを受けても、中宮様さえ居てくだされば全然平気! といなしていたが。まひろは一体、なにを支えにここでやっていくのだろう。
彰子立后を詫びる帝に、そもそも自分も彰子も、家のために入内した身なのだと告げる定子。心から慈しみ愛されている后でも、そうではない女御たちも、スタート地点で背負わされているもの、立場は同じなのだ。
「彰子さまとご一緒の時は彰子さまのことだけお考えくださいませ。見えているものだけが全てではございません。彰子さまとご一緒のときは私のことはお考えになりませぬよう」
帝の立場と心を守るために。聡明な后、定子の切ない願いだった。
初の映像化では!?
そして立后の儀。もしや大河ドラマに限らず、初めての映像化では!? と胸が高鳴る。
内裏では、黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)を身に着けた帝を前に、居並ぶ廷臣たち、響く実資(秋山竜次)の祝詞。
后の実家で儀式を行うために、倫子と道長が暮らす土御門殿に集まった廷臣たち。帝からの賜り物、『権記』に記された獅子形2体、草鞋一足が映る。
荘厳な儀式とは裏腹に、彰子本人の表情はいつもと変わりない。
彼女の登場からずっと考えているのだが、小学校高学年から中学生くらいの子って大抵はこんな感じかもなあ……と。大人に対してハキハキとした子もいるけれど、親戚などの前では(どうしたらいいか、ようわからん)とでも言うようにブスッとしている子が多い気がする。親がやきもきして「ほら、挨拶は?」とせっついたりして。それを思うと彰子12歳、リアルではないか。
うちでお倒れになればよいのに
彰子の立后を受けて、明子(瀧内公美)が我が子らの存在を主張する。
「いずれこの子(寛子)も殿のお役に立ちますように」
巌君、苔君、は君の三兄弟(のちの頼宗、顕信、能信)に「蒙求」を暗唱させる……。明子の圧は強いが、当時の上級貴族の子を育てる女性としては特に強烈なふるまいではないと思う。おそらく、道長の父・兼家(段田安則)のように価値観が一致する夫であれば「そうかそうか」と満足げに頷いてくれただろう。が、このドラマの道長はそうではないから……。
そして彼女の前で、道長が完全に倒れる!
報せを受けて土御門殿を訪れた倫子が、付き添っている明子の手から奪うように道長の手を取り、
「うちでお倒れになればよいのに」
「『我が夫』を、こちらで看病願いますね」
なかなかに好戦的だが、倫子からすれば「倒れてから三日間も嫡妻である私に連絡なしとは、どういうこと? ありえないんですけど」という思いはあるだろう。
夫の病床でバッチバチ。道長、この瞬間に目を覚まさなくてよかったねえ……。
まさか口に出してないよね?
道長が倒れたことをまひろに告げる宣孝、妻の心痛を思って自分も胸を痛めている様を見ると、世渡り上手でお調子者なところはあるし、他に妻も妾もいるし、先々週(記事はこちら)は年下妻であるまひろと思いっきり痴話喧嘩を繰り広げたが、いい人だなと……。
まひろの涙と「逝かないで」という思いが、魂の奥底で結ばれている道長に届き、覚醒! よかったね! よかったけど、まさか「まひろ」って現実で口に出してないよね?
目覚めた瞬間に「明子でございます」と夫に呼びかけた明子、それを実際に耳にしてないよね?
のちのち明子から倫子に「まひろとは、どなたのことにございますか?」と訊ねる展開ありませんよね……そして道長、みんな心から心配してたんだから「こっちが現実か、まひろはいないのか」という顔するのヤメロ。
いつも、いつも
皇后・定子、3人目を懐妊……体調が芳しくなさそうな定子に「青ざし」というお菓子を差し上げる清少納言(ファーストサマーウイカ)。ああ、『枕草子』「三条の宮におはします頃」だ……と胸がいっぱいになる。
みな人の花や蝶やといそぐ日もわが心をば君ぞ知りける
(世の人が皆、花だの蝶だのと他の美しいものに慌ただしく駆け回る日でも、あなただけは私の心をわかってくれるのですね)
定子に心からの忠誠を誓っている清少納言にとって、お前だけはわかってくれるという言葉はどんなに嬉しかったことだろう。
「いつも、いつも」で楽しそうに笑いあう主従。これも『枕草子』にその背景がある。定子の父、道隆(井浦新)が元気だった頃の思い出話だ。
潮の満ついつもの浦のいつもいつも君をば深く思ふはやわが
(私はいつもいつも、あなたのことを深く思っております)
この歌を元にして定子と清少納言が楽しく会話を交わした……定子の周りが一番華やかだった、そのときのことを思い出しているのだろう、
あの時も今も、私たちは共にいる。
そして……『枕草子』における定子の姿は、これが最後だ。政に翻弄され、苦しみ、嘆き悲しんだであろう人生は書き記されていない。21回(記事はこちら)で述べたように、指先まで美しい、聡明で教養深くユーモアを解する魅力的な后としての彼女しか、そこにはいない。
清少納言は『枕草子』で定子の尊厳を守った。
媄子内親王を産み、そのまま亡くなった皇后・定子。
几帳に結び付けられていた歌が悲しい。
夜もすがら契りしことを忘れずば恋ひむ涙の色ぞゆかしき
(一晩中愛しあったことを忘れずにいてくださるなら、私を思いあなたは泣いてくださるでしょう。その涙の色を知りたいのです)
死は穢れとされたこの時代。穢れから最も遠い存在であらねばならない天皇は、どれほど愛していても妻のもとに駆けつけることは許されない。死に顔を見て別れを告げることすらできない。
一条帝にできるのはただ、涙を流すのみ。
定子が鳥辺野に葬られたその日は、雪が降っていたという。定子の遺志により、火葬ではなく土葬となった。『栄花物語』は葬送の日の帝の思いと歌を伝える。一晩中定子を思い、涙で濡れた袖が凍るのもやるせなく、火葬ならば煙だけでもこの内裏から見送れるのに、土葬ではどうしたものだろう……と、
野辺までに心はひとつ通へども我がみゆきとは知らずやあるらむ
(葬送の地まで心だけは通ってゆくのだけれど、私がそこにいるのだと……この思いが雪となり積もったのだと、葬られたあなたは気づかないだろう)
※みゆき/天皇が内裏の外に出る行幸(みゆき)と、深雪(みゆき)をかけている
この歌を詠んだ。
ドラマの中で、この女性ならば帝に心から愛され、清少納言に忠誠を捧げられるだろうと納得できる定子を演じきった高畑充希に心からの拍手を贈りたい。素晴らしかった!
次週予告。道長の長男・田鶴君(三浦綺羅)、覚えた舞を披露する機会があったのだね? おっ父上(為時/岸谷五朗)帰ってきてる。そして早速まひろになにか怒られている。百舌彦(本多力)、ご指南役って。誰が誰になんのご指南?「敦康(定子の息子)を中宮・彰子に託そう」亡き皇后の子の養母……重いね! 伊周、がっつり呪詛しちゃう。「これを宮中にお広めいただきたく存じます」『枕草子』の頒布ですか!? まひろ、ついに物語を書く。紫式部にまた一歩近づいた!
29話も楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静
制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、吉田羊、ユースケ・サンタマリア、佐々木蔵之介、岸谷五朗 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
*このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。
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