考察『光る君へ』20話 中宮(高畑充希)が髪を切り落とした重大な意味、ききょう(ファーストサマーウイカ)の衝撃はいかばかりか
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
19話ラストの事件
前太政大臣・藤原為光屋敷前で、花山院(本郷奏多)に矢が射かけられた。院は出家の身で女のもとに通っていたことが世間に知られてはまずいので「やめろ! 朕は大事ない!」騒ぎにするなと叫ぶ。伊周(三浦翔平)と矢を射た隆家(竜星涼)はその場から逃走したが、両者の従者同士が闘乱となり、死者まで出てしまった。
『小右記』にはこのとき、実資のもとに道長から「隆家の従者が花山院の供をしていた童子ふたりを殺し、その首を取って持ち去った」という内容の手紙が届いたと記されている。
貴族が支配した平安時代は、その後の武士の世と地続きなのだと感じる逸話ではないか。
伊周は「心幼き人」
二条の屋敷に帰ったあとも完全に動揺して、子どものようにわめき散らす伊周。『栄花物語』における彼の人物評「心幼き人」がそのまま描かれているなあと感心した。
その当時の書物は、歴史上の人物の人柄を後世に伝える。しかし、人の手で書かれたものである以上、そこには必ず書き手の主観が加わる。その書き手はどんな立場か、どういった意図をもって書かれたものか。そして歴史は、勝者の手によって紡がれるものだということを忘れずにドラマを楽しみたい。
伊周と隆家は終わりだな
「い……院が? 射られたのか?」
その場に居合わせた斉信(金田哲)によって知らされた一報にあっけにとられて、すぐには事態が飲み込めない道長。そりゃそうだ。前代未聞の事件だもの。
「伊周と隆家は終わりだな」
ふふっと笑う斉信に、第19話(記事はこちら)での彼の台詞「そろそろ俺も参議になりたいな」を思い出す。内大臣・伊周と中納言・隆家が失脚すれば、蔵人頭である斉信は昇進する可能性が高いのだ。
一条天皇激怒の当然
事件を知った一条天皇(塩野瑛久)の激怒。
「高貴な者の従者たちの乱暴を禁ずる旨、厳命したばかりだと言うのに」
この前の年、長徳元年(995年)7月に七条大路で隆家の従者と道長の従者が合戦に及ぶ事件、8月にも隆家の従者が道長の随身を殺害する事件が起こっている。道長と中関白家兄弟の政治的緊張は、その従者たちに波及し、文字通り場外乱闘となっていた。
その5か月後に、伊周と隆家が今度は花山院に暴行を仕掛けたのである。帝が烈火のごとくお怒りになるのは当然なのだ。
一条天皇「中宮は身内の者に一切会うべからず」
中宮・定子(高畑充希)が帝に取りなしてくれるはず、という貴子(板谷由夏)の読みは見事に外れた。
源典侍のモデル
まひろ(吉高由里子)の父・為時(岸谷五朗)が淡路守に任官。苦節十年、よく辛抱したと思う。世間からは花山帝の寵臣と目され、兼家(段田安則)には睨まれ。そんな年月でも、ただ自分の学問を世のために活かしたいと願い、申文を朝廷に送り続けた。
そんな為時の努力とは正反対のやり方で越前守の任官を得た、源国盛(森田甘路)。母親のコネにより、女院・詮子(吉田羊)の推挙で……というドラマ上の設定。
詮子「あんなうつけとは思わなかったのよ。母親は聡明な人なのに」
台詞でサラッと源国盛の母について触れていた。国盛の母は不祥だが、父・源信明の妻のひとりに、典侍(ないしのすけ)紀頼子がいる。そして、紀頼子が源信明との間にもうけた女子が源明子(※道長の妻とは別人)。のちに母と同じく宮仕をして、源典侍と呼ばれる。『源氏物語』、漫画『あさきゆめみし』ファンにはピンとくるだろう。若き日の光源氏と頭中将、貴公子ふたりと恋愛を楽しむ年配の女性……源典侍のモデルとされる女性である。このドラマ内で、国盛の母が紀頼子ならば、女官である典侍と女院・詮子が旧知の仲というのも納得だし、このポヤーンとした国盛と源典侍が同父同母兄妹ということになる。
ちょっと楽しい想像が広がる台詞だ。
それはそうと、伊周と隆家に厳しい処罰は求めないという道長に不満そうな詮子……。
なにかやらかす予感がする。
まひろの代筆で!
為時の若き日の話で盛り上がる宣孝(佐々木蔵之介)とまひろを見ると、このふたりの相性自体は悪くなさそうなのだよな……と思える。その様子を、酒に酔って寝たふりをしつつ為時も見ている。
そして除目のあとに任地が変更されることもあると宣孝から聞き、一計を案じるまひろ。
レビュー第19回で触れた、為時が帝に奏上したという詩がまひろの代筆で! 為時は漢文の素養があります、宋人とのやり取りもできます。というアピールだ。
そして、ふたりが交わした恋文の漢詩を道長が大切にとっておいたがゆえに
「これはまひろだ」とわかるという……。
破格のランクアップ
まひろと道長により、為時は淡路守から越前守に国替え。国司の任地は大国・上国・中国・下国の等級に分けられていたことは、第18回レビュー(記事はこちら)で述べた。下国の淡路国から、大国の越前国の国司に破格のランクアップである。『今昔物語集』や『古事談』などでは為時が自分から願い出たのだが、ドラマでは自分では何もしていないのに突然こんなことになるのだから、そりゃ驚く。当然、こんな大胆なことをやりそうな娘に問う。
娘の才能だけではない、右大臣・道長の力がなければこうはならない。道長とまひろの関係は並々ならぬものだと考えて、真正面から話を聞く場面がよかった。
「父はもうお前の生き方をとやかくは申さぬ。道長様とお前のことは、堅物のわしには計り知れぬことなのであろう」
自分は堅物だからという言葉に、ちょっと笑ってしまったが、為時の人柄を十分に視聴者に伝えて越前編に移ってゆく展開がよい。
呪符を仕込んだのは……
女院・詮子の体調不良。倫子(黒木華)が女院の看病をしていて、なにかおかしいと気づく。そして、女房達に命じて屋敷の隅々まで調べさせた結果、呪符が山ほど出てきた……いつ、誰がこんなにというくらいに。
倫子から事の次第を聞いた道長は驚くが、
「わたくしにおあずけくださいませ」
という妻の言葉と微笑みから、誰がやったのかを察し、落ち着いて頷く。
そう。呪符をあちらこちらに仕込んだのは、おそらく詮子自身だ。
仮病で臥せって政敵を陥れる。これは父・兼家(段田安則)のやり方そのままである。そして、香炉だの文箱だの、碁石の中だの。女房が頻繁に蓋を開けるやろ、開けたら即バレるやろというところに仕込まれているのは、さすがにやり過ぎである。この大袈裟でやり過ぎなところが、詮子らしいと思うのだ。
「そなたの妻(倫子)は口が軽いのう」と言っていたので、倫子が呪詛のことを道長に話すのを期待したのだろう。
それに気づいた倫子は伊周と隆家を政治的に追い落とす気はない道長の意を汲み、おおごとにならぬよう計らったのだった。
ところで、これみよがしにたっぷり仕込まれた女院の部屋の中のものと違って、床下にそっと置かれた呪符入りの壺。あれだけは詮子が知らないものだったら、ちょっと怖いですね。
呪詛の恐ろしさ
しかし、倫子の計らいは無駄になってしまった。
花山院襲撃事件を調査していた実資(秋山竜次)のもとに、伊周と隆家の祖父であり貴子の父である高階成忠が道長を呪詛したこと、臣下の身では勝手に依頼してはならない呪法を法琳寺に命じて、これも道長を呪詛した報せが入ったからだ。これらが本当かどうかはわからない。この流れだと、詮子の女院としての政治力は各方面に及んでいると見るべきだろう。
そしてやはり、伊周は「呪詛などしておらぬ!」
第13回のレビュー(記事はこちら)で、明子(瀧内公美)が兼家を呪ったときにも書いたが、701年に制定された法律・大宝律令で、呪いは殺人や強盗などと並ぶ凶悪犯罪として定められた。呪詛の疑いで処罰された人物は、皇太子・基皇子を呪詛し国家転覆を謀ったとして自害に追い込まれた長屋王、光仁天皇を呪詛したとして皇后を廃された井上内親王などがいる。2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』での阿野全成(新納慎也)の処刑場面も記憶に新しい。
呪詛が恐ろしいのは、その効力ではない。そのひとが呪ったという確たる証拠がなくとも罪が成り立ってしまうところだ。呪符が出てきた。人形が発見された。しかし、本当にその犯人が呪符を置いたのか? 人形を作ったのか?
疑われたら無実の証明は、まずできない。
伊周と隆家が、本当に私と女院様を呪詛したのであろうかと言う道長に安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)が、
「そのようなこと、もうどうでもよいと存じます。大事なのは、いよいよあなた様の世になるということ」
と答えるのも、呪詛がこれまで、政敵を追い落とすために使われてきたことを指しているのではないだろうか。
偽りの呪いについて、大地を踏みしめ邪気を払う反閇(へんばい)呪法を行いながら話す──なんとも不思議な場面だった。
安倍晴明に見放された中関白家、万事休す。しかし隆家は、安倍晴明の言葉どおり、いずれ道長の強い力となり、この国の民を救うのである。それがドラマで描かれるといいなと思っている。
慕い合っている夫婦の絶望
隆家が花山院に矢を放ったことを認めるが、呪詛については無実を訴え、帝に取りなしていただきたいと頭を下げる伊周の願いを聞き入れ、道長は中宮・定子をひそかに一条帝に会わせる。
月明りに照らされた登華殿で、向き合う帝と中宮。帝の揺れる心が伝わり、塩野瑛久はいい俳優だなあと唸った。思いがけず愛しい妻に逢えた夫としての喜び、勅命を破り中宮が内裏に上がっていることへの帝としての怒り、后の懇願を受け入れてはならないと意志を保とうとする表情、しかしやはり定子が愛しくてならぬという情熱。上手い。
塩野瑛久の繊細な演技で表現される一条帝と、高畑充希演じる定子の気高さ。あんなにも仲睦まじかった、今もこんなに慕い合っている夫婦の絶望……美しくも悲劇的な場面だった。
中宮が自らの髪を!
伊周と隆家は死罪を免れ、伊周は大宰権帥(だざいのごんのそち)、隆家は出雲権守(いずものごんのかみ)に任ぜられて、それぞれ九州と島根に赴くことになった。任官なので左遷だが、為時や宣孝が国司になったのと違い行政権などを持たない状態なので、ただ現地にゆくだけ。台詞のとおり実際は流罪である。
そして思惑どおり、斉信は参議に昇進した。
清少納言(ファーストサマーウイカ)の身を案じて、里に下がらせる定子。清少納言は中宮の前では明るく振舞っていただろうが、彼女が嫌がらせを受けていることに中宮は気づいていた。自分の中宮としての立場、家自体明日をも知れぬというのに、主としてお互いに無二の存在として、清少納言を案じる定子の思いが尊い。
しかし、清少納言は離れたらその分、中宮様が気がかり……そこから、まひろ&ききょうで平民に身をやつし、まさかのアンブッシュ。
コントみたいなふたりの姿と、隆盛を誇った中関白家の屋敷門が、勅許により破られる緊迫感とのギャップがすごい。
絶対に大宰府になど行くものかと駄々をこねる伊周と「私は出雲に参ります」と立ち上がる隆家の兄弟の差もすごい。
出立の決意をし、ただ泣きぬれる母・貴子に向かって笑顔を見せ、
「おすこやかに!」
潔く駆け出る隆家……貴公子としての矜持を見せて格好いいので忘れそうだが、そもそもこの大事件の発端は、彼が放った一本の矢である。
うろたえて走り逃げる伊周、ついに土足で踏み込んでくる検非違使。
しかし、彼らを従えているのは検非違使別当・実資だ。貴子や定子に無体な真似はしないだろうという安心感がある。秋山竜次を目にして安心するようになるなど、我ながらびっくりだ。ここまで実資像を積み上げてくれた、演じ手の秋山竜次と制作陣に感謝したい。
そして検非違使の隙を突いて、中宮が自らのお髪をひと房、切り落とす!
「自死するかと思ったが、なぁんだ髪を切っただけか」ではないのだ。この時代、女性が髪を切ることは落飾、出家することを意味する。それは世俗との関わりを一切断つことだ。しかも、高貴な女性……帝の后の出家であれば、本来なら格式に則った儀式により行われる。このように発作的に髪を切り落とすのは、社会的な死を選んだのと同じである。
心からの忠誠を捧げた中宮様の、いわば自刃の瞬間を目にしてしまった清少納言……ききょうの衝撃はいかばかりか。
帝の唯一の后という立場から一転、奈落の底まで叩き込まれた定子は、はたして救われるのか。
次週予告。まひろが船に乗っている! 広々とした景色、ロケはいい。尼姿の中宮様、帝の慟哭。同じロケでも、ものものしく武官に囲まれた牛車。「母の同行はまかりならぬ」逸話に残る場面が実写化されるのか……そして「春はあけぼの」!ついに枕草子が生まれる!
まひろと道長にまだ抱擁の機会があったなんて。越前編スタート、松下洸平が登場しますわよ、皆様。
第21話も楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静
制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、吉田羊、ユースケ・サンタマリア、佐々木蔵之介、岸谷五朗 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
*このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。
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