母の認知症が進み言葉が通じなくなっても繋がるために【助け合って。介護のある日常】
撮影・井出勇貴 構成&文・殿井悠子
「母親の認知症が進んでも、内なる“響き”で繋がっていたい。」平井真美子さん
「音は見えない世界。自分がピアノを演奏するときには、どんな空間だと気持ちがいいか、聴いてくれる人はどんな音だったら心地いいか。そういう感性のコミュニケーションを大切にしています」
ピアニストの平井真美子さんは、活動の中でトークショーの空間伴奏をすることがある。
登壇者が無機質な空間に立ち、さあ、いつもどおりリラックスして話してくださいと言われても、それはなかなかむずかしい。そういうときに日々無意識に聞こえてくる自然の音のような響きを、話す人のトーンに合わせてピアノで演奏したりすると、安心して心が開放されていく。
平井さんのもとには「演奏のおかげで緊張しないで話せた」とか、「心の奥にある言葉が引き出されるような形で話せた」といった登壇者からの感想が届いている。
ピアノを通じて他者と心の対話をする平井さん。
「それでも、母親に対してはなかなか『聴く』という余裕がもてない」と言う。
母の育子さんは、2年前から認知症の症状がある。今は日付や家電の扱い方がわからなくなったりすることはあるが、会話はできる状況だ。平井さんの心には、育子さんが喜怒哀楽の感情が鮮やかなうちに、できるだけ多くコミュニケーションを取っておきたいという焦りがある。
「“お母さん、大好き!”という少女の頃の自分とは違う、大人の自分から見る、一人の女性としての母の姿があります。母も私と同じように、自分と向き合って葛藤していたこともあったと思うんです。『娘』だからこそ、そばにいても見えていなかった知らない母の姿がある。それをつぶさに知りたいと思うことは、母は母の人生を全うしている、ということを確認したいのかもしれません」
自然の音には、ストレスを軽減するセロトニン分泌を促進する働きがあるといわれている。平井さんは育子さんとも、自然の中にいるような素直な音を出すことで、2人の心の境目をなくし、互いが素の自分に戻っていく中で、いろいろな話ができれば……と考えている。
「例えば懐かしい曲を演奏しながら母の思い出の中に入っていく、そういうこともできるけれど、母とはたとえ認知症が進んで言葉が通じ合えなくなっても、響きを浴びるというか、心地いい響き、心地よくない響きは何かとか、そういうコミュニケーションを取りながら繋がっていられたらいいなと思います」(続く)
『クロワッサン』1118号より