めざすのは「笑う人もいて泣く人もいる」もの―宮藤官九郎さんと伊勢志摩さんが語り合う、コメディの力。
長年コメディを作り、演じてきた二人に、笑いについて語ってもらいました。
撮影・徳永 彩 スタイリング・チヨ(コラソン/宮藤さん) ヘア&メイク・北川 恵 文・黒瀬朋子
伊勢志摩さん(以下、伊勢) 宮藤さんは、いつも面白いことを考えているの?
宮藤官九郎さん(以下、宮藤) なんですか藪から棒に! そんなわけないじゃないですか(笑)。
伊勢 今回、「コメディ」や「笑いの力」というテーマで対談、と聞いて、笑いって何だろうと改めて考えてみたんですよ。笑いにもいろいろ種類がある気がして、シニカルな笑いもハートウォーミングな笑いもあるし。あと、とにかく一生懸命何かをしている人を見ると、笑いながら泣けてくるということもあるじゃない?
宮藤 ありますね。
伊勢 『パンクスタイル』という入江雅人さんの一人芝居を観て、脚本・演出だけでなく、舞台上で照明や音響も全部自分で操作をしていて、60歳のおじさんが、汗だくになって一人で走り回っているのを観たら、くだらない内容なのに笑いながら泣けてきちゃった。
宮藤 泣かせようとしているわけではないのに泣けてしまうことはあります。僕は20歳のころに黒澤明監督の『どですかでん』に出会い、30年以上、繰り返し観てるんですけど、『どですかでん』ってコメディではないのに笑えるところがたくさんあって、僕が毎回必ず笑っちゃうところが、全然コミカルな場面じゃないんですよ。
伊勢 えー? どこ?
宮藤 伴淳三郎さん演じる男が、同僚に奥さんのことを悪く言われて、急に怒り出して馬乗りになるところ。
伊勢 泣き笑いね。抑えていた人の感情が決壊するときって泣けるし、その爆発力に笑えますよね。
宮藤 驚いたときや、すごいものを見たときって、笑っちゃいませんか?
伊勢 わかるわかる。『どですかでん』は、宮藤さんも松尾(スズキ)さんも、舞台の演出で引き合いに出すことが多かったから、大人計画の役者は何度も観ているけど、最初に観たときは、見方がよくわからなかった気がします。繰り返し観るうちだんだん面白さがわかってきた感じ。
宮藤 架空の街を舞台に、強烈な個性の人がたくさん登場するのだけど、客観的視点がないから、初めて観る人は、受け止め方に戸惑うんですよね。
今回、僕が『どですかでん』の原作の小説『季節のない街』を連続ドラマ化するにあたっては、「半助」という池松壮亮くん演じる、一見まともそうに見える男が外からやってきて、だんだん何がまともかがわからなくなるというふうに描いたんです。
伊勢 『季節のない街』の台本を読んだとき、もっと静かな物語を想像していたのだけど、完成作を観たら、大友良英さんの音楽も印象的で、リズミカルでスピード感があった。第1話の六ちゃん役の濱田岳さんが強烈でした。
宮藤 小説には、六ちゃんは他の人には見えない市電を運転していると書かれていて。でも、それをそのまま映像にするとものすごく変なことになるんですよ。
ただ、『どですかでん』は、どのキャラクターも変だから、そういう描写が気にならない。
岳くんがすごいのは、「僕、黒澤の『どですかでん』観てないんですけど、観たほうがいいですか?」と言ってて。一か八かで、観ない状態で演じてもらったんですが、完璧に役を掴んでいたんです。
伊勢 それはすごい!
宮藤 僕はやっぱり、過剰なものやわけのわからないものが好きだし、脚本を書きながらも、頭で考えた以上の感情が爆発したときにうれしくなります。
伊勢 なるほど。
宮藤 もともと人を笑わせたいという意識ではやっていないんですよ。「このギャグが伝わってウケた→うれしい」だけではない。
春にやっていた舞台『もうがまんできない』でも、僕のなかの笑いと泣きのピークが同時に来る場面があって、そこは毎回、袖で観ていて興奮しました。まさに伊勢さんの好きな映画、『バニシング・ポイント』!
伊勢 車とブルドーザーがぶつかるやつね。笑いと泣きの正面衝突(笑)。前にウーマンリブの『七年ぶりの恋人』に出させてもらったときも、観にきてくれた知人に、めちゃくちゃ笑ったけど泣けたって言われたなあ。
宮藤 結局、自分がめざしているのは「笑ったあとに泣ける」ものではなく「笑う人もいて泣く人もいる」もの、なんですよね。
作品全体を通してどこでもいいから、笑ってくれればいい。
伊勢 宮藤さんって、稽古場でもすごくよく笑ってるじゃない?
宮藤 すべての「反応」が、僕は笑い声になっちゃうんですよね。
伊勢 反応か……。
宮藤 僕の場合、作品全体を通してどこでもいいから、いっぱい笑ってくれればいいという感じ。だから切ないシーンでお客さんがぐっと感じ入るような場面でも、僕のリアクションは「笑い声」になる。稽古場で僕がさんざん笑っていたのに、本番では笑い声がおきないということもたまに起きます。
伊勢 「面白がっている」ということ? 心が動いたら笑う、みたいな。
宮藤 そうそう。interestingです。
伊勢 笑いって、ニュートラルというか、腹の立つことがあっても、愚痴を言いながら、「参ったよ。もう、笑っちゃったよー」と笑いに落とす人がいますよね。いいことも悪いことも、笑いに集約できるなと思うんです。その俯瞰する視線、物事の面白がり方は健全な気がして。言葉にするとダサいけど、30年間、大人計画にいたことで、そういう捉え方が養われた気がします。
宮藤 誰かが笑うと、つられて笑えるというのもありますよね。
伊勢 そう! 皆川猿時さんの面白さを世に広めたのは宮藤さんだと思う。
宮藤 そうかな(笑)。確かに大人計画に入りたてのころ、皆川くんの芝居は、稽古場では大ウケなのに客席では伝わらなかったという時期がありました。
伊勢 宮藤さんは初期から、ずっと皆川くんを見て笑っていて、私たちも、それを見てちょっと笑ってみたら、面白さがわかってきた。それがいまや皆川さんが舞台に出たら、何をしても大爆笑でしょう? 宮藤さんが劇団を超えて、社会的に皆川さんの笑いを教育したんだと思う。
宮藤 ねじ伏せたんですかね(笑)。でも、皆川くんは本当に面白いから。無我夢中なんですよね。パイプ椅子の背もたれと座面の間に飛び込んで骨折したり、すごい人だなと思いました。
伊勢 そんなふうに視点を変えて、「これは笑っていいんだ」というのがわかって、伝播していくというのはありますよね。
自分を曝け出すことで周囲は笑う。
宮藤 僕の笑いのルーツって、子どものころ家の座敷に人を招いて大宴会をやっていて、最後に酔っ払った親父が裸になって化粧回しみたいに座布団を前にあてて、相撲甚句を歌っていたんですよ。それがお開きの合図。自分を曝け出すことで周囲が笑うというのが刻まれているから、そうじゃないものはしっくりこないんですよね。
伊勢 なるほど。
宮藤 だから、ビートたけしさんとかすごく好きです。『刑事ヨロシク』の最終回でも「こんなドラマやりたくなかった!」と叫んで脱いじゃう(笑)。やっぱり破壊衝動、ひっくり返しなんだなあ。
伊勢 裸の人ってやっぱり面白いよね。
宮藤 最近は、「お笑い」がジャンル分けされて、笑わせたい人の意識をキャッチしてその空気を察して笑うという。「笑いに正解」があるのって、全然面白くないなと思うんです。自然の反応じゃないし。僕は驚きたい。だから、伊勢さんが薦めてくれたフランソワ・オゾンの『苦い涙』とか、阪本順治監督の『せかいのおきく』とか、くだらないところで笑えるじゃないですか。ああいうほうが面白いと思っちゃう。
伊勢 予想に反して笑っちゃう感じね。
宮藤 いくらペーソスが効いていても、僕は予想どおりの笑いは、笑えないんです。だから、M-1でも、本寸法で優勝するコンビよりも、脱構造というか、どこかはみ出しているようなランジャタイとかヨネダ2000が僕は好きですね。
伊勢 年をとるにつれて、笑いにエッジを求めなくなったとか、何か変化はある? 丸くなったとか。
宮藤 それはないかな。もともとベタなものも好きだし。
伊勢 私は最近、大衆演劇とか、いいなあと思うようになりましたね。
宮藤 もともとはどういう笑いを観てきたんですか?
伊勢 高校時代は7つ上の姉の影響で落語にはまって、(地元の)岩手に来る落語家さんの独演会を観に行ってました。桂枝雀さんがすごく好きだったの。
宮藤 枝雀さんは狂気ですよね。
伊勢 そう。怖い! やばい! と惹かれていましたね。東京に来てからは、大人計画や東京乾電池の面白さを知った。でも、大人計画を知るきっかけになったのはWAHAHA本舗のユニット「平成モンド兄弟」だったんです。
宮藤 出た! 僕も全く同じ。今、コンプライアンス的に絶対放送できない内容ですよね(笑)。くだらなすぎて頭がおかしくなるほど笑ったな。
最近だと生前、志村けんさんの舞台『志村魂』を観たとき、子どものころからずっと観てきたものが全部つまっていて、めちゃくちゃうまい津軽三味線を弾いて、「ありがとうございました」って後ろを向いたらお尻に穴が空いていたんです。
みんなハッピーになるし、笑いの全部がつまっている。あれが究極だと思います。やっぱりどこかはみ出しているというか、どこか悪趣味なところがあるものが僕は好きかもしれない。
伊勢 宮藤さんはお笑い芸人になりたいとは思わなかったの?
宮藤 たけしさんやウッチャンナンチャン、ダウンタウンに憧れましたけど、自分はなれないと思っていましたね。実は同世代で芸人になった人はたくさんいるんですよ。僕は勉強はできなかったけど作文は褒められたから、書くほうが向いているのかなと、たけしさんの横にいる、高田文夫さんみたいな放送作家になりたいと思ったんです。
伊勢 「一緒にお笑いをやろう」という人がいたら、変わってた?
宮藤 大人計画でも初期のころは、ユニットを組んで、吉本の劇場に出させてもらったりしてましたよね。昔は小劇場とお笑いが近かった気がします。
伊勢 確かにそうでしたね。
宮藤 舞台に立つ人にとって、笑い声を浴びたときって、ものすごく元気になるんですよね。拍手は義理でもするけれど、笑い声は素直な反応だから。
伊勢 私の場合は幸せになるというより、安心するかな。だって、台本を読んだときは大爆笑なのに、私が演じることによって笑いが起きないってなったら、台無しじゃない。新鮮な魚をそのまま出せずにすみませんという気持ちになっちゃう。
宮藤 演出家に怒られずにすむし(笑)。だから僕はどの作品でも、はやく1個の笑いをつかもうとするんですよね。客席が「これは笑っていいんだ」という空気になったら勝ち。だからといって、アドリブとか余計なことをしてまで笑いをとってほしくないんです。あくまで、積み重ねてきて僕らが面白いと思っていることを披露して、ドーンと笑いが飛んできてほしい。その気持ちよさは格別ですね。
『クロワッサン』1097号より