小説家・吉本ばななさんが、忘れられない音楽とその思い出。
ある曲を聴くと、一瞬でその時代に戻れる。音楽にはそんな力があります。音楽を愛する吉本ばななさんに、大切な歌とその思い出を聞きました。
●「天使たちのシーン」小沢健二
●「色悪」菊地成孔
●「月化」原マスミ
武道館で、小沢くんがこの曲をうまく歌えなかったと歌い直したのをよく覚えている。自由だった。初めて、自分の知っている言葉で歌詞を作る人に出会ったと思った。
それから私たちは仲良くなり、けんか別れしたり、仲直りして、お互いに子どもが生まれて、今もお互いに作品を作っている。たまに楽しくチャットしたり喋ったりする。私も小沢くんも、この世はそんなにきれいな場所じゃないとか、育ちが良くて甘いとか言われるが、そういうことではなく、あるコードを持っている人を励ませるように作っているんだと思う。
そして、「色悪」。曲と歌詞を聴いた時、ほんとうに全身の血が騒いで、幸せを感じた。女子バージョンもカッコいいけど、成孔さんが歌うとなおよい。
最後に、「月化」。一番忙しくて大変だった時、死にたいとは思わなかったけれど、消えてしまいたいと思ったことは何回もあった。そんな時、この曲だけが、わかってくれる感じがした。今も私の本の表紙の絵を描いてくれる、偉大なる原さんだ。
小沢健二「天使たちのシーン」。『犬は吠えるがキャラバンは進む』に収録。
菊地成孔「色悪」。オリジナルサウンドトラック『機動戦士ガンダムサンダーボルト2』に収録。
画家としても活躍する原マスミ「月化」。アルバム『人間の秘密』に収録。
『クロワッサン』1054号より