—公演前ということで台本だけ読んだのですが、実に大変で実に面白い物語でした。
これ、歌舞伎の原作を知ってるとちょっと入りやすいですけど、台本で読むのは大変ですよね。10年前に、シアターコクーンから、鶴屋南北の『桜姫東文章』を現代劇で書いてくれって言われて、僕は戦後を舞台にしたんです。正しいと思われていたことが全部ひっくり返った時代ですよね。嘘が真に真が嘘になったみたいな。だからこそ歌舞伎の荒唐無稽さも、この時代に移すことができるんじゃないかと思ったんです。
原作は、清玄というお坊さんが白菊丸という男の子と一緒に死のうとして死ねなかった。17年後に桜姫という少女にたまたま出会ったら、白菊丸との約束の香箱を持っていた。で生まれ変わりだと思って執拗に追いかけて……という話で。桜姫のほうも権助とかの男と色々あったりして、要は高貴な人間たちが堕ちていく話なんです。しかも清玄は後半になると、殺されても幽霊になっても白菊丸を追いかける。
—気持ち悪いものがありますよね。執念深くて。
そうなんです。その執念深さに僕も非常に魅かれて、白菊丸と死ぬとか死なないとか言っているけど、結局、清玄のこの世に対する執着みたいなものが色濃く感じられたので、それを題材にしました。
一方、桜姫・吉田ってのは、原作ではお姫様だけどこの劇においてはどうやらただのみなしごで、でも自分の本当の人生はこうじゃないと思っている。自分にはもっと数奇でドラマチックな人生が起きるはずだと思ってる吉田が、歌舞伎の時代からしばらく経ってこの桜姫の物語を生きている。執念深い清玄の物語を見つけて、彼女は自分から乗っかっていって、さらにスリリングな人生を生きるためにその物語のヒロインになろうとするんですね。
と同時に、全く関係ない権助という男が……まあ彼は戦争でたぶんいろんな経験をしてきて、人殺しもしたでしょう。その彼が、この物語とぱっとすれ違って、吉田のためにその物語に飲み込まれていく。
——3人目の主人公ですね。
そう。権助は、戦後どうやって生き延びていくか、自分は誰かもわからずに、お前は権助だと言われて権助になっていく。ある意味すさまじい人物。この3人の生きる執念、戦後の時代をどうにか生き抜こう、それぞれの生きようとするエネルギーがぶつかり合うような舞台になればいいなあと思って作っていますね。
—10年前に書かれたものから大幅な改訂をされたそうですが、現在の時代背景を盛り込んだりはしましたか?
それまでの嘘と真が全部ひっくり返った時代だよねっていう、そこにもう少し焦点を当てて、演劇的にクリアに、でもあんまり理屈っぽくなく見えるように直しはしましたけど、基本的には普遍的に描いていると思います。
あともう一つ、演劇ってお客さんの力でどうとでもなるんです。舞台の上で僕はアメリカ人だって言ったら、たぶんみなさんは僕のことをアメリカ人だと思うんですよ。どんな風貌だったとしても、アメリカ人で女性なんですって言えばアメリカ人で女性。それは観客の能力だと思うんですよ、劇場ってそういう場所だから。
吉田という人がこの舞台上で「私は既にあなたに出会ったことがある」と言えばそれは本当に出会ったことにもできる。今は特にそういうことができる時代だなと思っています。強く信じた者が勝っていく、そういう世界を基盤にして作ってやろうと。そのほうが演劇臭くて面白いし、信じたいものだけ信じたいこの時代に合ってるといえば合ってるし。