「ちょうど2015年はNHK大河ドラマの『花燃ゆ』、映画『べトナムの風に吹かれて』の主演といい仕事が続いて、なんだか最後の花道を用意していただいたような気がしていたんです。これまで幸せな女優人生だったし、そろそろ潮時かしらって」
ところが、翌年“エイプリルフールの奇跡”が起きる。世界に名だたる巨匠チェン・カイコー監督から日中合作映画
『空海ーKU-KAIー美しき王妃の謎』の出演依頼が、まさに4月1日にもたらされたのだ。
「長年憧れていたチェン・カイコー監督からオファーがくるなんて夢にも思っていませんでした。もううれしくて、もちろんお引き受けして中国の撮影に臨みました。そのスケールの大きさといったら! 6年もの歳月をかけて、東京ドーム8個分の広さに唐の都・長安のロケセットを作り上げていたんです。そこに立つだけで唐の時代の人物になれたような気がしました」
松坂さんが演じたのは日本から遣唐使船に乗って唐に渡った女性・白玲。遣唐使のひとり、阿倍仲麻呂に長年思いを寄せる役だった。
「映画作りの原点を忘れていない監督の真摯な思いが貫かれている現場で、映画人の熱い思いが伝わってきて感動しました。身の引き締まる思いで、もう引退なんて考えないで仕事していこうと思ったんです」
その出演者の中に中国の名女優、チン・イーさんがいたことも、松坂さんの気持ちを変える契機になった。
「撮影当時96歳でいらっしゃいました。その演技を拝見して、私も元気でいられるなら90代まで女優を続けたいって思いました。俳優って人を演じる仕事だから、いくつになっても必要なんですよね。世界が広がりました」
映画は昨年公開されて大ヒット。松坂さんは『西郷どん』『まんぷく』と仕事が続き、充実した1年になった。
「私は映画で育てられてきた経験から、女優とはひとりで役を突きつめる孤独な仕事だと思っていたところがありました。でも、空海の映画や『西郷どん』『まんぷく』と、みんなでいいものを一緒に作り上げていく気概にあふれた温かい現場に入って、改めて女優という仕事の面白さがわかった気がします」