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寺井尚子さんインタビューピュアな気持ちを大切に、
こうと決めたらシンプルにやりぬく。

寺井尚子(てらい・なおこ)さん。神奈川県出身。1988年、世界的にも珍しいジャズ・ヴァイオリニストとしてプロ・デビュー。2003年、アルバム『アンセム』で日本ゴールドディスク大賞JAZZ ALBUM OF THE YEARを受賞、翌2004年には『スイングジャーナル』誌のJAZZMAN OF THE YEARなど3部門を受賞するなど、受賞歴多数。
寺井尚子(てらい・なおこ)さん。神奈川県出身。1988年、世界的にも珍しいジャズ・ヴァイオリニストとしてプロ・デビュー。2003年、アルバム『アンセム』で日本ゴールドディスク大賞JAZZ ALBUM OF THE YEARを受賞、2010年に文化庁「芸術推薦 文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)」を受賞するなど、受賞歴多数。

ピュアな気持ちは、違うところに入れておく

初のセルフ・プロデュース・アルバム『トワイライト』を発売したばかりの寺井尚子さん。4歳からヴァイオリンでクラシックを弾き始め、6歳の時にはNHK教育テレビの「ヴァイオリンのおけいこ」に出演。12歳からはコンクールに出始め、学校から帰ると遊ぶ間もなく猛練習の日々。クラシックの演奏家として前途洋々に見えたある日、腱鞘炎を発症し、15歳でヴァイオリンを休むことを自ら決心。その時に出合ったジャズに魅了され、紆余曲折しながら前例のないジャズヴァイオリニストの道へ…。

寺井さんのヒストリーを見ると、次々と訪れる運命に翻弄されるのではなく、ひとつひとつを転機に変えてきたように思える。その強さの源はなんなのだろう。

「強さ。…何でしょうね。いろんなことはあるんだけど、最初の気持ちに戻るということでしょうか。『私はこういう風にしたい!』と思ったピュアな気持ちを決して忘れず、必ず原点に返るようにする、という」

人は、何かが起きてしまったら混乱してそういう気持ちを忘れてしまいがちになる。ピュアな気持ちを忘れないためにはどうすればいいのだろう。

「いろいろ起きることとは別にするということですね。全部一緒にしてこんがらがってしまわないように。ピュアな気持ちは、ほかのものとは違うところに入れておかなくては」

忘れてさえいなければ、常に思い返さなくてもいいのだという。

「ふと気がついたらスッと立つところ。そんな場所を、自分の中にもっておけばいいと思うんです」

「こうしたい」と本当に思ったときにしか決めない。ただ、決めたら絶対にやり続け、突き進むと話す。その最初の経験は、腱鞘炎でヴァイオリンを休んでいたときに衝撃の出会いをしたジャズだった。ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビー』を聴いた16歳の少女は、「ここに自分の表現したいことがある!」と直感し、自分がピアノ・トリオをバックに自由自在にジャズを弾いている姿を思い浮かべた。それが寺井さんのいつでも返れる場所=「ピュアな気持ち」。

その時の少女は、世界でも稀に見る「ヴァイオリンでジャズを弾くヴァイオリニスト」へと成長し、今や、ピアニスト、パーカッショニスト、ドラマー、ベーシストといったメンバーをともない、レコーディングとツアーをこなす世界的なアーティストになった。

「音楽でいうと、決めるのは基本だけですね。私がこういう音楽をやりたいというのをまず明確にして、維持することが大事。自分がきちっとしたポリシーをもって行動すれば、メンバーが付いてきてくれる」

決めるのは基本だけ。ならばあとは、メンバーを信頼するということだろうか。

「そうですね。今回の寺井尚子クウィーンテットは、私とバックメンバーということではなく、5人で会話をするバンドサウンドだと思っています。もし、メンバーが私のイメージと違うプレイをした時には『こうしてください』とは言わずに『何かもっと違う表現方法はありますか?』と聞きます。それでも違う時には『もっと違う表現はない?』と。彼ら自身から湧き上がるように」

衣装はいつも黒。ステージで履く靴は『マノロ・ブラニク』。プライベートでもほとんど黒い服を着る、と、ここでも寺井さんはシンプル。
衣装はいつも黒。ステージで履く靴は『マノロ・ブラニク』。プライベートでもほとんど黒い服を着る、と、ここでも寺井さんはシンプル。

音楽も生活も、何もかもシンプルなのがいい

バンドを率いるリーダーとして、そして全国ツアーに回る演奏者として、心身の健康を保つのも必要。

「音楽家として、どうしたら音楽を楽しんでいられるか、いつも新鮮な自分でいられるかが大切。そのために必要なのは、心身ともに元気なことだと思っています。どんなに忙しくても意識的に10分のリラックスタイムを取るようにするとか」

えっ、たったの10分でリラックスできるんですか?

「たとえば、日本茶を丁寧にいれて飲むんです。そういう作業をすることで、心が浄化されるような気持ちになる、ってこと、ありませんか? ほかにも、料理をつくる、掃除をするということでも…実は私、家の中のことをするのが大好きなんです」

愛犬の話をするときは、顔がふわっとほころんだ。

「本当に私の人生を変えてくれました。家にいる時は全然体を動かさなかったのに、散歩で2時間も歩くようになったり。動物って、感情を体いっぱいで表現するでしょう。生きるということにすごくシンプル。そこがいいなと思います。一緒にいるだけでエネルギーをもらえるんです」

シンプル、という言葉はインタビュー中に何度も出てきた。音楽においては、決めておくのは基本だけ。自分を保つには心身ともに健康でいるということだけ。「私、何もかもシンプルなんです」、と。

「今回のアルバムのリハーサルで、いい曲ばかり出揃って演奏しているのに、なぜか私の中で1つのストーリーにならないんです。線にならずに点のままなんですね。いつも入念なリハーサルをして、曲を決めて、レコーディングの時はスタジオで演奏するだけという状態で臨むんですが、どうしても核となる何かができない。

その時にふと、アストル・ピアソラの『ブエノスアイレスの冬』のことが頭に浮かんで。ただ、この曲は難しいし、リハはあと5回しかないし、どうだろう…と迷いながら持っていたところ、メンバーが目を輝かせて、パッと弾いて、これだ! と。そうしたら他の曲もさーっと決まったんです。核となる曲が決まれば、あとはすべてうまくいく。そんなものなんですよね」

「ピュアな気持ち」を核として、こうと決めたらシンプルにやりぬく。芯の通った寺井さんの生き方に、こちらも背筋がのびる気がした。

取材/文・池田美樹(クロワッサン倶楽部) 写真・鈴木智哉(キリンニジイロ)

 

【information】

寺井尚子「トワイライト」_ジャケ写(通常盤)UCCQ1059
◆ニュー・アルバム「トワイライト」ユニバーサル ミュージックより発売中
収録曲/ブエノスアイレスの冬(アストル・ピアソラ)、月の光(ドビュッシー)、復活 交響曲第2番(マーラー)、ホームシック・ブルース(ガーシュウィン)など10曲。
◆寺井尚子「トワイライト」ツアー2016
2016.5.21(土)@ 日本橋三井ホール

寺井尚子オフィシャルサイト
http://www.missmakinomiya.com/
ユニバーサル ミュージック
http://www.universal-music.co.jp/terai-naoko


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