『文字の消息』著者、澤西祐典さんインタビュー。「人間は文字をもっと丁寧に扱うべき」
文字が降ってきて、それが知らぬ間に私たちの生活に降り積もる。それは堆積となり、ついには家まで押しつぶしてしまう。
奇想天外な設定でありながら妙に生々しいリアリティを突き付けてくる、これはすごい小説である。降り積もるのはもちろん暗喩としての文字ではない。私たちが日常で使っている、この文字である。
撮影・谷尚樹
「これを書こうと思ったきっかけは東日本大震災のときでした。あのときはSNSなどの情報が手放しでもてはやされたけれど、自分はちょっとそのことに違和感がありました。もちろん有効な情報を否定する気持ちはありませんが、野放しになっていた文字情報に実は押しつぶされている大切なものがあるのではないかと」
小説はS夫人による近況報告の手紙で展開される。受取人はフミエさんという若い女性。フミエさんには幼い男の子がいる。S夫人はときにその幼子に我が息子、ミチノブの遠い昔の育児の思い出を重ね合わせながら、共感を分かち合おうとする。どこにでもいるちょっとおせっかいな姑。そんな風情ではあるが、しかしその手紙は降り積もる文字によって綴られる。1センチにも満たない小さな黒い欠片、虫の触角のような文字の切れ端をピンセットでひとつずつ貼り付けて……。非現実的なことが、まるで映像のように克明に描かれるその筆致は南米文学のマジックリアリズムのよう。
うっぷんを晴らすように、 他人に文字を投げつける人々。
「自分では“魔法”と呼んでいます。そして、作品に出てくる魔法はひとつだけにする、とルールを決めています。設定が突飛なので、読者が振り落とされないよう、できるだけ丁寧に物語として完結させていくことを心がけています」
降り積もっていく文字は、やがて不法廃棄が問題となる。そんな中ついに、ご近所のおばあちゃんの家が文字でつぶれてしまう。しかもそれを導いたのは、S夫人の知り合いの新井夫妻であり、彼らは自分たちの文字をお年寄りの家に廃棄していたことを周囲に知られ、いっせいに文字投げの攻撃を受ける。新井宅を取り巻いてよってたかって文字を投げつけるのは匿名の有象無象、そう、これはまるでネットの炎上。
「文字の持っている呪縛的な強さってありませんか? 口語や会話で耳にするより、目で見るほうが断然強いという。他人のことでもネットで悪口を見ると自分の一部になってしまう怖さを感じます」
物語後半でS夫人の夫は慨嘆する。文字は本来、人類の叡智の結晶であったはずなのに、なぜ、こんなことになってしまったのか。もしかすると我々が必要のない文字や、出来の悪い文字ばかりを生み出しているので、これは彼ら(文字)なりの抗議ではないのか。
「執筆中は私自身文字に同化してしまって、文字の復讐劇に加担していたということはあるかもしれません(笑)」
意外な結末とともに迎えるラスト。文字の消息はどこへ向かうのか。これは、この時代を生きる私たちのリアルなテーマである。
『クロワッサン』983号より