10代の頃は海外小説ばかり読んでいたという瀧井さん。平成、とくに1990年代は、海外小説の良質な作品が目白押しだったと振り返る。
「なかでも、アゴタ・クリストフ『悪童日記』を覚えている人も多いのでは? 発刊当時も話題になりましたが、爆発的にヒットしたのは3年後の’94年。本の雑誌『ダ・ヴィンチ』創刊号の表紙で、本木雅弘さんが手に持っていたのが本書でした」
’98年には、海外の文芸作品を紹介するシリーズ、〈新潮クレスト・ブックス〉が創刊。ベルンハルト・シュリンク『朗読者』、ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』といった名作も、ここから送り出された。
「ジュンパ・ラヒリはインド系のアメリカ人です。初めて『停電の夜に』を読んだときには、こういう多様性を持った作家の文学の翻訳が増えてくる時代なのだと、感心した覚えがあります。それまでは、海外ものというと古典かミステリーが人気というイメージが強かったのですが、〈新潮クレスト・ブックス〉の登場で文芸も注目されるようになりました。今では、白水社の〈エクス・リブリス〉と並んで、海外文学好きにはおなじみのレーベルです」
海外文学の復刊や新訳が盛んに行われたのは2000年代。
「有名な作品でも、もう一度、現代に合った翻訳をし直そうという動きです。’03年に村上春樹が翻訳した『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(サリンジャー作)や、鴻巣友季子による『嵐が丘』(エミリー・ブロンテ作)の新訳が印象的でした」
光文社からは〈古典新訳文庫〉シリーズが登場し、亀山郁夫訳の『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー作)は異例のベストセラーに。
「この頃から、“翻訳者で読む”という本の選び方も定着してきたのではないでしょうか。実績のある柴田元幸や、手がけるものがどれも抜群に面白い岸本佐知子といった翻訳者のファンも多い。優れた海外文学を多くの人に知ってもらうには、いい訳者の存在が本当に大切です」
2010年代の海外文学は、アジアブーム。とくに韓国文学の翻訳者が増えたことで、良質な作品が日本にも入ってきているという。
「『カステラ』『ピンポン』などの作品があるパク・ミンギュは評価の高い作家。また、晶文社から〈韓国文学のオクリモノ〉という素敵な装丁のシリーズも出ています」