唐津焼の注目したい作家たち《2》
撮影・青木和義 文・片柳草生 編集・二階堂千鶴子
土屋由起子さん 由起子窯
父と中里隆さん、先達に導かれた大好きな唐津焼と器づくり。
「由起子窯」と札の立つ坂を上がった工房の入り口には、砥石が3本。まな板と一緒に干してあった。やきものでは、砥石を必要としないはず。不思議に思って土屋由起子さんに尋ねると、料理包丁を研いだ後始末だという。料理は日常生活の一部分。土屋さんにとってお手の物なのである。
唐津に生まれ育った土屋さんは、曽祖父も父も骨董三昧の数寄者で、父が蒐集した古唐津を日常の風景の一つとして見ながら育った。4人姉妹の三女が、短大卒業後、土を触り始めると、喜んだのは父だった。
「最初は、実家の玄関でをひいていたんです」。ほぼ独学だったのだという。数年間、「何か違うな」と感じながら作陶して過ごしていた。「できないのに違和感がある。でも基礎がないから先に進めないんです」
23歳で実家の別棟に独立したが、毎日のように厳しい批評を繰り返す父が、ある日、真顔で切り出した。
「お前は早く一人立ちしたほうがいい。プロとは、人からお金をもらって仕事をする人のことだ」
きちんと学び直すしか道はない。思い切って隆太窯の門を叩いたのだ。
おばあちゃんになっても作りたい、神秘的な黒唐津のやきもの。
隆太窯で最初に習ったのは、包丁研ぎと魚の卸し方だ。食べることはやきものと同じくらい大事なことだと、生きる基礎を叩き込まれたのだ。そして中里隆さんの生き方を通して、自分の自由な心で物を創るべきだと教えられた。
土鍋を作り始めたのは、自分の暮らしでの発想からだった。ずっと圧力釜だったが、成長した子どもに噛み応えのあるご飯を炊きたい。しかし唐津の土は、直火に耐えられない。
そんな時期、佐賀大学が主宰した「ひと・もの作り唐津プロジェクト」の土鍋カリキュラムに参加。唐津の土にペタライト(葉長石)を混合し、1年がかりで唐津土鍋が開発された。
土屋さんといえば黒唐津だ。その出会いは、窯元巡りをしていた20代の頃。深い黒の陶片が目に飛び込んできた。神秘的な黒に魅了され、黒唐津が永遠のテーマとなった。土を替えたり天然の土灰を替えたり、黒に発色する鬼板を探したり。納得できる色が誕生するまで3年がかかった。しっとりと吸いこまれるように奥深い黒の器はモダンだが、あじわい深い幽玄の美も感じさせる。
「黒は強い色だけど、料理の色を引き立ててくれる。最近は、静かで変化のあるものが好きになってきました」
子どもとピアノを連弾したり家事をこなしたり。生活者である視点や発見が、常に器づくりの上に注がれている。好きな黒唐津の色そのままに、強さと深さを秘めている女性である。
土屋由起子(つちや・ゆきこ)●1971年、佐賀県唐津市生まれ。唐津焼陶芸家・中里隆さんに3年間師事、独立。結婚、出産してしばらく休業。2010年、作陶を再開。
由起子窯●佐賀県唐津市浜玉町東山田800・1 TEL 0955・56・8701 ※窯元へ訪問の際には事前に問い合わせをしてください。
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