『明日の恋人たち』チョン・ヨンス 著 吉川 凪 訳──繊細な心情描写が突き刺さる作品集
文字から栄養。ライター・瀧井朝世さんの、よりすぐり読書日記。
文・瀧井朝世
著者は一九八三年生まれ、邦訳が出るのは本書がはじめてだという。全六編、刺さりまくった。主人公たちと同じ境遇はひとつとしてないけれど、彼らの心の奥底に浮かぶ説明しがたい感情が、ものすごくよく分かる気がした。
カップルから自分たちのことを小説にしてほしいと頼まれた作家が、彼らと交流を深めた先に知った事実。伯母が安楽死を望むと知って動揺する主人公とその妻。別れるとは思わなかったカップルが離婚したと知り、ふと自分たちの将来に不安を感じる恋人同士。つねに最悪の事態が起きることを想像する癖のある主人公が遭遇してしまった出来事。ある夫婦の馴れ初めとその後を吐露する意外な語り手──。どれも話運びの上手さに痺れた。そしてどれも、繊細で的確な心情描写に、自分の心のどこかが暴かれる気がした。揺れ動く感情ではなく、揺れ動かない感情が描かれているように思えた。
読みながら感じたのは、人生には、どうしようもなく自ら手放してしまうものがあるということだ。それは伴侶だったり、生活だったり、自由だったり、感情だったり。自分が手放してしまった何かを想起させる、私にとってはそんな作品集だった。
『クロワッサン』1157号より
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