考察『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』45話 てい(橋本愛)「2人の男の業と情。因果の果てに生み出される絵というものを見てみたく存じます」写楽誕生前夜…あと3話!
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
松平定信の計画とは?
プロジェクト写楽が始動。胸躍る45話である。
蔦重(横浜流星)は松平定信(井上祐貴)に、全ての陰謀の黒幕──悪党打倒計画に加わるよう迫られる。
「これを書けるのは源内先生(安田顕)しかいねえ」と蔦重が確信した七ツ星の龍と源内軒のバディ物語は、三浦庄司(原田泰造)の話を元に定信が 書き起こしたものだった。
史実でも、定信は安永4年(1775年)に『大名形氣(かたぎ)』という戯作を書いている。
安永4年は恋川春町(ドラマでは岡山天音)の『金々先生栄花夢』が出版された年で、当時定信は17歳。
『金々先生』に刺激されて執筆したのかもしれないと想像すると、36話(記事はこちら)の春町先生の死を受けての定信の絶望が改めて胸に迫る。
蔦重は定信の背景など知る由もない。
ただ「騙された」という怒りと「源内先生はここにいない」という落胆のみである。
源内も生きていれば仇討ちを望んだはずだとの定信の話を、これ以上源内先生を騙ってんじゃねえとばかりに、「越中守様は源内先生に会ったことねえでしょう!」と怒気も露わに遮る。
怒り心頭に発していても、大名と一介の町人の力の差、計画を聞いてしまった以上は、断れば自らのみならず、妻てい(橋本愛)に危険が及ぶかもしれない。
悪党打倒計画に加わることを渋々承諾させられた蔦重に定信、
「源内が生きているのではないかと、世の中を大騒ぎさせてほしいのだ」
源内生存の噂拡散は、黒幕・一橋治済(生田斗真)に天誅を下すのと、どう関係してくるのだろう。黄表紙好きの定信ならではの腹案ではないかと想像するものの、先が全く読めず楽しい。
夫婦の作戦会議
耕書堂に戻った蔦重は、ていに事の次第を白状し「すまねえ、こんなことになるたぁ」と頭を下げる。だが、ていの肝は据わっている。
「やるしかございませんでしょう」「しみったれのふんどしの守様からかかりをふんだくり、かつてないほど贅沢でふざけた騒ぎを起こすのです」
「それをもって、春町先生の供養となさるのはいかがでしょう」
命をかけてふざけた春町先生の供養に……蔦重の心に火が灯った。
ていは、蔦重を奮い立たせる燃料を熟知しているし、定信についての言及は普通に悪口で笑ってしまう。
では、平賀源内が書いたのでは? と世間に思わせる出版物は何が良いか。
夫婦の作戦会議は白熱していく。
「浄瑠璃?」
「市九さん(重田貞一/井上芳雄)!」
「あいつは浄瑠璃が書ける!」
「しかも源内先生が生きておるかもしれぬと、お告げを持ってこられた御方です!」
トントントーンと阿吽の呼吸で案を重ねる蔦重とていを、生まれなかった子と、つよ(高岡早紀)、ふたつの位牌が見守っている。
大崎の消息
偽源内新作浄瑠璃を上演してもらおうと芝居町を訪れた蔦重。
町の中心は、中村座、市村座、森田座の江戸三座だ。奉行所から興行を許可された芝居小屋で、入口に取り付けた定紋の染め抜きの四角い櫓(ろ)がその証である。三座それぞれ、休演を余儀なくされたとき興行を引き受ける控えの座があった。はたしてこの寛政5年(1793年)10月、経営困難に陥った三座は全て、控えの座に興行を委託していたのである。芝居町は閑散としている。
蔦重は、人形浄瑠璃の薩摩座まで休業となっていることに落胆する。芝居町全体が不景気に沈み込んでいるのだ。
だが蔦重は、ふたつの情報を得る。
ひとつは、火付盗賊改方・長谷川平蔵(中村隼人)からの情報。
治済の手駒の一人である大崎(映美くらら)が、江戸を揺るがした大事件に関与していたらしきこと。寛政3年(1791年)に平蔵が解決した葵小僧事件(39話/記事はこちら)だ。
葵小僧一味は徳川家の家紋・三つ葉葵の提灯を掲げ、大名行列を仕立てて商家を襲った。その行列の装束一式が、芝居町の衣装屋で調達したものだった。
その手配をした女が、どうやら大崎である疑いが濃厚という話である。
倹約令と風紀の取り締まりの影響で職を失った者たちに徒党を組ませ、強盗団・葵小僧一味に仕立て上げた。徳川将軍家の威信を傷つけ、江戸の治安悪化を印象付けた事件は、大崎ひいては治済が糸を引いていたのではというのが、平蔵の読みだ。
「ひでえな」と苦虫を嚙み潰したような顔になる蔦重。
一方、大崎は自らに捜査が及んだことに勘づいていた。潜伏していた江戸市中の尼寺を引き払い、治済に助けを求め、何者かが身辺を探っているとして挙げた名前が、
「高岳(冨永愛)および田沼の残党、御三家、葵小僧の毒牙にかかった商家、越中守」
心当たりが多すぎるだろ。知ってるけど。
現将軍の乳母で大奥御年寄まで勤めた大崎は、本来なら退職後は屋敷を与えられ、年金で隠居生活を送れるはずなのに、復讐を恐れて逃げ隠れしているとは……。
治済「恐ろしいことじゃ。そやつらから身を守らねばのう」
治済の目が冷たく光る。大崎が捕えられれば治済の陰謀が白日の下に晒されるだろう。
これは大崎、逃げ込む先を間違えたのではないか。
「曽我祭」の情報
蔦重が得たもうひとつの情報は、歌舞伎役者・市川門之助(濱尾ノリタカ)から。
奉行所公認の三座が休業している今、それぞれの控櫓(控えの座)が三座に取って代わるチャンスだと、大きな催しを計画しているという。
門之助「『曽我祭』をやろうって言いだしてるのさ」「町中で派手にやっちまおうって話さ。通りで役者を総踊りさせるってんだよ。役者の素の顔をお天道さんの下で拝めるってなりゃ、お祭り騒ぎ中のお祭り騒ぎってもんだろ」
鎌倉時代に起こった曽我兄弟の仇討ち。それを題材にした芝居を「曽我物」といい、江戸の歌舞伎では正月の初春興行で上演されるのが定番だった。大当たりしてロングラン公演となった年は、曽我兄弟の仇討ちが成就した5月28日の頃に楽屋で盛大に祝ったのだ。
その祝いである「曽我祭」を、芝居町の通りで大々的に開催する企画をやろうというのだ。
蔦重が閃いた。アイデアを思い描くときのイマジナリー江戸っ子・八五郎(阿部亮平)と熊吉(山根和馬)久しぶりの登場だ。
芝居町の通りで賑々しく開催される曽我祭、素顔の役者たちを役者絵片手に見物する江戸っ子たち。その役者絵を、死んだはずの源内が描いたという噂が立ったらどうだ。
大騒ぎになるはずだ……!
「しゃらくさい」ってのはどうかね?
蔦重は耕書堂に狂歌師・戯作者・絵師を集めた。
北尾重政(橋本淳)ら絵師には源内作『西洋婦人画』風の写実的な役者の似顔絵を、狂歌師・戯作者には、絵師が源内ではないかと思わせる画号の考案と、騒ぎを大きくするプラン作成を依頼する。
蔦重「ふんどしもいなくなったことだし、思いっきりふざけたくねえですか?」
宿屋飯盛(又吉直樹)「芝居に客が戻ってきますよ」
唐来三和(山口森広)「江戸じゅう祭りだ!」
北尾政美(高島豪志)「やってみてえ、蘭画風の役者絵!」
みんな大盛り上がりである。
さて、画号は? 朋誠堂喜三二(尾美としのり)が案を出す。
「『しゃらくさい』ってのはどうかね?」「しゃらくさいってのは、いかにも源内先生の言いそうなことでもあるし」
つらにくい、でしゃばり、こしゃく、洒落もの。いかにも源内にぴったりの画号。
字は? 蔦重が帳面に記す。
「写楽」「この世の楽を写す、ありのままを写すことが楽しい」
わっと湧く耕書堂会議。
みんなで新しい何かを生み出す場面は久しぶりだ。
北尾重政がキレた
蔦重は、定信の屋敷を訪れ、プロジェクト写楽のプレゼンをする。
定信「写したような役者絵ということは、勝川(※勝川春章/前野朋哉)の流れか。源内と言わせたいのなら、勝川の絵に寄りすぎぬようにせよ」
さすが定信は大衆向けの出版物に詳しい。出版資金を出してほしいと交渉する蔦重に、
定信「商人のくせに商いもできぬのか? 江戸イチの利き者と言われたのも今は昔か」
蔦重「では商いのうまい本屋にお頼みになってはいかがですか?」「そういえば、この仇討ち、奉行所にお届けはお出しに?」
イヤミと皮肉の応酬。志と信念を通すためなら孤立しても突き進む、時に暴走するところなど、蔦重と定信は似ている。似た者同士で喧嘩するな。
それでも承認と資金を取り付けたプロジェクト写楽で、蔦重の暴走癖が出てしまう。
源内が描きそうな蘭画風、写実的な役者絵の制作現場では、北尾重政と弟子である山東京伝(古川雄大)、政美、それに重田貞一が昼夜を徹して取り組んでいる。
「もう一回!」
千本ノックのような蔦重のダメ出しの嵐に、北尾重政がついにキレた。
「やってられっか!」「さすがに付き合いきれねえぜ」
3話(記事はこちら)の『一目千本~華すまひ~』で蔦重と組んで以来、いつも温厚で懐深くつきあってくれた重政先生。怒るなんて珍しいと驚いたが、耕書堂という大手出版社相手では弟子と若手絵師は抵抗できない。若手のために怒ってくれたのだろう、さすが重政先生だ。
そして、この叱責は蔦重にも良い効果があった。
重政「てめえの胸の内には、こんな絵だってのがあるのかよ?」
こう問われて、蔦重は無意識にイメージしていた役者絵に思い当たったのだ。
それは40話(記事はこちら)。『婦人相学十躰』を生み出すまでの、喜多川歌麿(染谷将太)との試行錯誤の日々の中、美人画としては成立しにくかったのでボツとしたが、女性の顔、個性的な表情をそのまま写した絵があった。
蔦重「あんな風に役者を描けりゃあ、面白えんじゃねえかって」
それを耳にしたていが動いた。
おていさーーーーーーーん!!
歌麿は歌麿で、創作の壁にぶつかっていた。
蔦重から離れ、美人画の依頼を受けたものの、思うようには運ばない。
歌麿「本屋がなんにも言わねえからよ」
弟子の菊麿(久保田武人)にこぼす。当代一の人気絵師・歌麿の美人画がほしい地本問屋にしてみれば「歌麿の名が入っていればなんでもいいんでしょうね」と菊麿。
この場面では、画面の隅に矢立(携帯用筆記具)が映っている。歌麿が耕書堂で「唐丸」と呼ばれていた頃に使っていた、唐丸が行方不明の間は蔦重が大切にしていた矢立だ。
蔦重との縁を切ったつもりでも捨てられない、歌麿の心が示されている。
何枚も何十枚も描こうと、これだという作品ができない。
ただ受注したものを描くだけでは満たされないのだ。
蔦重に案思をもらっては描き、こうじゃねえとダメ出しされては、また試し。歌麿の真の願いは、心血を注いだ果てに、誰かの心を癒す、きれいな抜け殻を残すこと。それを一緒に実現してくれる版元が現れない。
行き詰った歌麿のもとに、ていが訪ねてくる。
てい「『歌撰戀之部(かせんこいのぶ)』五図、すべて出来上がりました」
「これは蔦屋重三郎からの、恋文にございます。正しくは、恋文への返事にございます」
背中を向けていた歌麿が振り返る。
手に取って見てみれば、歌麿が絵に込めた恋心を掬い取り、こだわった色彩と摺りで表現する心配り……。
歌麿の名と耕書堂の版元印の上下のばらつきは『歌撰戀之部』の5枚に実際にあるもので、その理由ははっきり判明していない。
それを「肩を並べ、共に作りたいと思っていることを伝えたい」(どちらが上でも下でもない)心持ちの表れとしてドラマに組み込んだ。
てい「歌さん。かように歌さんのことを考え続ける本屋は、二度と現れぬのではありませんか」
どうか耕書堂に戻ってはくれまいかというていだが、歌麿の心は動かない。ていは、出家すると切り出した。
それに歌麿は「嘘だね」。ていが蔦重への愛を捨てるわけがないと看破したのだ。
「見抜かれましたか」と微笑んだていは、
「本音を申せば……見たい。2人の男の業と情。因果の果てに生み出される絵というものを見てみたく存じます」
お、おていさーーーーーーーん!!
あなたの作品が見たいという殺し文句が発せられた。
これまで、蔦重と歌麿の間に自分が入り込めない絆が存在するのを目の当たりにするたび、ていは静かに嫉妬していたのだと思う。歌麿が蔦重から離れていったことに、煩悶しつつ、どこか安堵もしたはずだ。
だが叶えたい欲があったのだ。本屋としてのサガ。
おていさん、あなたこそ江戸イチの利き者の妻、日本一の本屋だよ!!
この場面は、歌麿の高まる鼓動のような音楽が秀逸だ。
そして叶えられた歌麿の帰還。
謎の絵師「写楽」が産声を上げようとしている。
次回予告。写楽の役者絵が江戸を席巻する。モデルとなった役者・中山富三郎(坂口涼太郎)の驚愕、プロジェクト写楽に加わりたい定信、葛飾北斎(くっきー!)「ドーン」歌麿「きゅっきゅ」天才同士謎の会話。大崎大ピンチ。耕書堂に治済襲来? 曽我祭開幕!
46話が楽しみですね。あと3話!
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NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
脚本:森下佳子
制作統括:藤並英樹、石村将太
演出:大原拓、深川貴志、小谷高義、新田真三、大嶋慧介
出演:横浜流星、生田斗真、染谷将太、橋本愛、古川雄大、井上祐貴 他
プロデューサー:松田恭典、藤原敬久、積田有希
音楽:ジョン・グラム
語り:綾瀬はるか
*このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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