【正金醤油】日常の贅沢“百年調味料”──醤の郷の伝統をつなぐ、小豆島の醤油仕込み
撮影・西岡 潔 文・兵藤育子
醤油の産地は日本各地にあるが、香川県の小豆島は17世紀ごろから製塩業が盛んで、その塩を使った醤油造りの歴史もまた古い。正金醤油の佐藤敦さんは、この島で醤油造りが発展した経緯を次のように説明する。
「小豆島は小さい島なので、醤油の原料となる大豆や小麦の産地には向かないのですが、船の行き来が多い立地でした。そのため、塩以外の原料を船で運び入れ、出来上がった醤油を島外へ出荷しやすい恵まれた環境だったのです。明治の最盛期は、400軒を超える醤油屋が島内にあったそうです」
正金醤油の創業は大正9(1920)年。それよりさらに古くからあるもろみ蔵には、30石(約5400リットル)の杉桶が整然と並び、人工的な温度管理や発酵促進を行わない天然醸造で、じっくりと醤油を仕込んでいる。
「ステンレスのタンクで温度管理をしたほうが、早く大量に生産できますし、品質も安定させられます。一方、木桶の天然醸造は複雑な風味になるのが特長で、季節や日々の温度変化、桶や蔵に棲み着いている菌がその複雑さに影響を与えると考えています。現にうちは、蔵が5つあるのですが、同じ原料や仕込み方でも発酵の早さや色付きが蔵によってかなり違います」
桶ごとに様子を確認しながら、撹拌のタイミングや頻度を変えていくのが、職人の大事な仕事。なかには廃業してしまった同業者から引き継いだ蔵もあるそうで、120本ほどあるという木桶にしても同様。現在、島内の醤油メーカーは大小20軒ほどになってしまったが、そうやって島全体で助け合いながら伝統の味をつないできたのだ。
味全体に持たせた“余裕”が料理をおいしくまとめる
実を言うと佐藤さんも、醤油造りの担い手を買って出たひとり。2年ほど前に、4代目藤井泰人さんの跡を継ぐべく、職人の道を歩み始めたのだ。
「結婚して島に移り住んだのが2013年なのですが、正金醤油は妻の親戚筋なんです。それで跡継ぎがいないという話を聞きまして、ここの醤油が好きだったこともあり、そんな理由で途絶えてしまうのは嫌だなと思って。公務員を辞めてこの世界に入りました」
佐藤さんが製造工程を説明する様子を、ふらりと見にきた藤井さん。朗らかで実直な職人気質で、跡継ぎについても「いいものを造り続けていたら、やりたいと手をあげてくれる人はいるかなと思っていました」と静かに語る。正金醤油が代々目指しているのは、“主張しすぎない醤油”。嗜好品ではなく、あくまでも日用品として素材の味を生かしながら、なおかつ醤油らしさを感じられるような味だ。藤井さんは職人らしく、こんなふうに表現した。
「小麦も大豆も国内産のできるだけ成分の高い原料を使うことで、味全体に余裕を持たせるんです。ある意味、贅沢な造り方ですけど、料理に使ったときにその余裕がおいしさとして生きてくるので。うちの醤油は煮物とかでも、味がまとまりやすいと思いますよ」
『クロワッサン』1150号より
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