無理なく無駄なく、我が道を行く。林望さんが考える「節約」とは
撮影・小川朋央 文・嶌 陽子
身の丈に合った暮らしをすることが大事です
「私にとって、節約とは自己表現のひとつですね」。そう語るのは、今年、節約に関する2冊目の著書を発表した林望さん。長年、独自の流儀を貫いてきた節約の大家だ。この日着ていたのは「私にしては贅沢品」だという1万円のシャツ。腕時計も昔からずっと2,000円前後のものを着けてきた。
「何百万円もする高級時計を買ったり、1台何千万円もする外車に乗ったりするのは、はっきり言って知恵が足りないというほかないですね。私はお金が大事だから、そういう無駄なことには使いたくない。身の丈にあったもので楽しく暮らす、知足安分(ちそくあんぶん)がモットーです」
ブランド物にも関心なし、お酒やたばこもやらず、外食にも行かない暮らしをずっと続けてきた。株式投資についてもばっさり切り捨てる。
「あれはお金が潤沢にある人がするものです。大体、投資というのは元手が大きくないと利益が出ないんですよ。数十万円投資したって、利益が出たとしてもせいぜい数千円。しかも、投資している間はその数十万円を使えないわけじゃないですか。だったら、地道に貯金したほうがいいと思いますね」
現金を下ろす時は必ず3万4千円
無理して何かを切り詰めるのではなく、とにかく無駄なお金を使わない。これが、リンボウ先生流の節約だ。専門とする日本文学の古典にも、そうした教えはよく出てくるという。
「井原西鶴の『世間胸算用』にも“始末”という言葉が出てきますが、これは江戸時代最大の町人道徳です。始末とは、無駄遣いをせず、合理的にお金を使うこと。つまり、節約なんです」
無駄遣いを防ぐために長年守っているのが「現金3万4000円」ルール。1日に使う金額はいくらまで、という細かいルールは設定しない代わりに、現金を下ろすときは一度につき1万円札3枚と千円札4枚と決め、ずっと守っている。
「3万4000円だと、自然とまず千円札から使うでしょう? それがなくなると、1万円札を崩さなければならなくなるわけですが、なるべく崩したくないという気持ちが働く。ですから、なるべく4,000円の範囲内で何とかしようという、節約の精神が生まれるんです」
健康でいることが一番の節約です
とはいえ、ものを買うこと自体を否定するわけではない。「買い物は人間にとってのこよなき慰安。私も大好きです」と語る。普段財布を持って出かけるのは、主に近所のスーパー。おいしくて手頃な価格の食材を探すのも楽しみのひとつなのだ。
「塩鮭の尻尾も見つけるとよく買います。あまり塩辛くなくて、普通の鮭よりぐっと安くておいしいですよ。最近は、ししゃももよく食べます。インターネットでも時々食材を買っているんですが、オスの冷凍ししゃもが1キロ2,000円くらいで買えるんです。メスのように卵がない分、味も濃いし、身が詰まっていて、かなり食べ出がありますね」
毎日台所に立ち、夫婦2人分の食事を作るのは、もっぱら林さんの役目。たんぱく質と野菜をしっかりとり、油や塩分は控えめにすることが基本だ。最近は、肉や魚、野菜をオーブンで焼くことも多いという。
「オーブン焼きだと油をそれほどたくさん使わなくてすみますから。味つけも塩とコショウくらいです。やっぱり健康でいることは、一番の節約。病気になったらすごくお金がかかるでしょう。食事に気をつけるのはもちろん、毎日小1時間ほど歩くことも欠かしません」
本への出費は惜しみません
健康面も含めて、とにかく「無駄な出費をしない」ことを徹底して心がけている林さんが、惜しみなくお金を使うのが本やCD。自宅の地下室にある書庫には何十年もかけて集めてきた約2万冊の蔵書が並び、CDのコレクションも今では3,000枚ほどになる。
「これはもう、僕の商売道具だからね。何かを調べたい場合、国会図書館なんかに出かけるとなると1日がかりになってしまうでしょう。自分の書庫に必要な本を備えておけば、時間の節約にもなるんです」
本だけではない。音楽や絵画など、芸術への投資も惜しむべきではないというのが持論。
「音楽や絵などは、株式投資と違ってお金のリターンはないかもしれないけれど、学んだ分だけ技術や知識が増える。自分の人生にとっての確かな実りとなるはず。最近では孫の教育に“投資”していて、音楽を学びたいといったら楽器を買ってあげたりしています」
誰が何と言おうと、我が道を行きます
使うところと使わないところのメリハリをしっかりつける。そんな林さんのお金との付き合い方を貫いているのは、「誰が何と言おうと、自分はこれで行く」という精神だ。
「見栄は節約にとって大毒。人が何を買っているからとか、どう思われるかとかに関係なく、自分のスタイルを確立すれば、お金は多くはいらないんです。私はどこへ行くにもシャツとズボンという決まった服装にしているから、余計なものを買う必要がない。ごく親しい人と食事をするのは好きだけど、いわゆる飲み会には行かない。付き合いが悪いと思われているでしょうが、そうだとしても痛くも痒くもありません。自己の確立と節約は非常に関係があるんですよ。人に流されず、自分のしたいことをする。それが節約にとって最も大切なことなのだと思います」
長年使い続ける、林さんの愛用品
『クロワッサン』1146号より
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