書籍編集者・ライターの清水浩史さんが語る「私を旅へと誘ってくれた少年時代の読書体験」
撮影・森山祐子 文・黒澤 彩 構成・中條裕子
「たぶん、学校生活に鬱屈していたんでしょうね。どこか遠くへ行きたいという気持ちがあったのだと思います」
海や離島などを旅して取材する清水浩史さんは、原点の一冊に出合った中学1年生の頃をこう振り返る。『時刻表2万キロ』――紀行作家である宮脇俊三のデビュー作にして鉄道紀行文の金字塔ともいえる作品だ。
「宮脇さんはこの当時、中央公論社の役員だったはず。そんないい大人が、時刻表を駆使して当時約2万キロあった国鉄全線に乗るために、寸暇を惜しんで出かけています。金曜の夜行列車に乗ることが多かったようですね。たいてい日曜に帰っていますが、ときには月曜まで旅していることも。常に次の週末のことを考えながら平日を過ごしていたのかなと想像すると、なんだかおかしいですよね?宮脇さん自身がそのおかしみを冷静に見ているような、淡々とした語り口がまたいいんです。だけど、全線完全乗車への静かな情熱もしっかり伝わってきて、読後はとても感動しました」
本の影響はてきめん。清水少年は、「僕もやってみよう」と鉄道旅に目覚めた。夏休みや冬休みには夜行列車を使って日本各地へ。時刻表を読み込んで旅程を組み立てればどこにでも行けたし、寝袋を持参して駅で寝ることも平気だった。
「本数が少ない列車に合わせて計画するわけですが、1本逃すと予定が狂ってしまうので、そんなときはまた組み立て直さないといけません。宮脇さんがそれも含めて楽しんでいたのが、実際に旅をしてみるとよくわかります」
その後、高校、大学と行動範囲はさらに広がり、鉄道だけではなく航路で島へ渡ったり、飛行機で海外へも行くように。開高健や星野道夫らの著作にも少なからず影響を受けた。
「でも、原点という意味ではやはり『時刻表2万キロ』です。宮脇さんが国鉄全線を完乗したのは50歳のとき。いくつになっても好奇心を枯らさず、自分の情熱に従順でいることの大切さを教えてくれた本です」
読書をきっかけに、雑踏を離れてより遠くへ、より奥へと分け入っていきたくなる、わくわくするような感覚を知った。それと同時に、静かに自分と向き合う旅の本質にも立ち返らせてくれる名著。多くの鉄道路線が廃線になってしまった今でも、清水さんの旅の道標になっている。
会社員だった著者が、国鉄全線を乗り終えるまでの鉄道紀行。1978年、初版発行。(河出文庫)
左上から時計回りに、清水さんの著書3作『深夜航路:午前0時からはじまる船旅』『日本の絶景無人島 楽園図鑑』『海の見える無人駅 絶景の先にある物語』、宮脇俊三『時刻表2万キロ』、開高健『破れた繭』『夏の闇』、星野道夫『旅をする木』。
『クロワッサン』1136号より
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