木内昇さんと風情豊かな「お江戸東京文学散歩」
撮影・黒川ひろみ 構成&文・中條裕子
『むらさき』と小石川
江戸の郊外の雰囲気を体感しながらそぞろ歩く
江戸の不思議譚をこよなく愛する木内さん。自身も江戸を舞台にした奇譚集を記しているが、その中に「初音の里」という地が登場する。浅草橋から女性の足で歩くのにかなり難儀する田舎として描かれているが……。
「朱引きという赤い線が王子くらいまで網羅していて、その内側に墨引きといって黒い線が引かれたエリアになっている。そこが江戸の中心、八丁堀の同心が見回る地域です。当時の江戸というとその辺り。初音の里は今の小石川の源覚寺を中心にした辺りのようですが、当時は郊外という感じでしょうか」
今は初音町と称される一帯は、寛永元年(1624年)に源覚寺境内に門前町が立ったことから、人が多く住むようになったという。小石川植物園の敷地にあった白山御殿の森がホトトギスの名所で、初鳴きがここから始まると言い伝えられたことから、この辺りをそのように称したのだという説も。雅な名前で呼ばれていたが、物語の中では「侘しい場所」として描かれる。
「実際に歩くと、小石川植物園からこの近辺は坂が多いのでおもしろい。茗荷谷はその名前のとおりちょっと土地が下がったりするんですよね。白山まで行くと昔の三業地、花街みたいなものもあったりしたんですけれど、あまり昔の建物などは残っていないんです。その中でも変わらないのは高低差。文京区は坂が多いので、後楽園のほうもおもしろいと思います。特別な史跡でなくても歩いて楽しめますよ」
そう木内さんも語るとおり、小石川の源覚寺から小石川植物園を抜けて茗荷谷へと向かう辺りには、そこかしこに坂があって歩きがいがある。
「ある場所から別の土地へ行くのにどのくらいかかるのか調べるために、実際に古地図を持って歩いたりしています。特に勾配などが知りたくて。道や川は変わったりしますが、勾配は当時と変わっていないので、小説を書くのにいろいろとヒントになるんです」
『化物蠟燭』(木内昇、朝日文庫、792円)
江戸の市井を舞台にした、7つの奇譚集。その中の『むらさき』は、紙問屋に奉公する若い娘と、江戸郊外の初音の里に引きこもり、世捨て人のように暮らす謎多き絵師との不思議な縁を描く。
『クロワッサン』1136号より
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