山田詠美さんが今読みたい本 テーマ:人生
撮影・黒川ひろみ 文・池田 彰 構成・堀越和幸
2冊目は伊藤亜和さんのエッセイ集『アワヨンベは大丈夫』。ジェーン・スーさんに「すごく文章のうまい子がいるよ」と教えられSNSで読み、そのセンスと引き締まった文章に舌を巻いた。
「まだとても若いのに、人生の意味とは何かをちゃんと自覚していると感じました。文章のデッサン力がしっかりしていて、適当な言葉で物事を語らない姿勢は、なかなかできることではないので、すごく感心しました」
父はセネガル人、母は日本人で、見た目が外国人の伊藤さんはある日「みんなと同じように日本語でものを考えているのだという当たり前のことを知ってほしくて自分の話をネット上に書き始めた」という。
パパ(超短気、ママと離婚するも、徒歩3分の場所に居住)、ママ(自分の哲学の中で生きる宇宙人)、弟(デカくて邪魔、姉を追いモデルを目指す)との賑やかな暮らしぶりが透徹な視線で綴られる。
「パパに反抗的な伊藤さんは最終的には絶縁状態に。でもそんな彼女を愛称で『アワヨンベは大丈夫!』と言ってくれるのは、実はパパだけなんですよね」
この家族が織りなす「人生」は、山田さんがこの本の帯によせた“愛し愛されながらも寄る辺ない”のように、せつなく愛おしい。大学卒業から5年ぶりの同窓会に出席して感じた「女性であるとか、マイノリティであるとか、そういうのを盾にも矛にもしなくて良い場所というのは、そう見つかるものではないのだ」との記述には「よく知っているな。勉強になります」と、ここにも山田さんの付箋がつけられた。
『アウシュヴィッツの小さな厩番(うまやばん)』は、第2次世界大戦中のユダヤ人強制収容所を生き延びた少年の物語だ。
「ある日突然、自分の人生がまったく別の世界に持っていかれ、一番愛していた人たちが次々に死んでいく。ここで語られているのは、これまでにも読み聞きはしてきたことかもしれない。けれども世界にはこういう時代が確かにあった。そしてそんな残酷な出来事が、いまでも人間の手によって地球のどこかで起こっているということを改めて思い起こしてみる、いいきっかけになる本だと思います。不幸な歴史を誰かが未来の人に伝えていかなきゃいけないとするなら、その役目を果たすのはやっぱり最後は本ではないかと」
本を読みながら眠りにつく山田さんは物語の続きを夢で見て、追体験を得たような錯覚に陥ることがある。
「人生を考える時に、過去ばかり振り返っていても仕方ないと語る人がいるけれど、私は、過去にこそ自分の現在、いまがあると思っています」
これまでに読んだ本、これから読む本に、私たちはどんな「自分の人生」を見出すのか。それを見つけることこそが、読書の楽しみなのかもしれない。
左・『アワヨンべは大丈夫』
伊藤亜和 著
糸井重里さんが「誰にも書けないものが、あきらかにここにある」とした文章で綴られる個性的な家族の日常物語の第2作。伊藤さんの代名詞となったエッセイ「パパと私」(本書未収録)はいまでもnoteで読むことができるので、ぜひ。
晶文社 1,760円
中・『料理と人生』
マリーズ・コンデ 著 大辻 都 訳
1934年にカリブ海フランス領で生まれた著者はフランス本土の大学で学び、アフリカ、アメリカでの生活を経て世界的作家となった。書影は山田さんの蔵書を借りて撮影。「付箋は本と読み手の距離を縮めてくれます」
左右社 4,180円
右・『アウシュヴィッツの小さな厩番』
ヘンリー・オースター 著
デクスター・フォード 著 大沢章子 訳
ヘンリー少年は、4つの収容所を生き延び、戦後アメリカに渡り、ケルンから移送されたユダヤ人最後の生存者として90歳で死去。幸福な最後ではあるが、どのページもあまりに重く切ない。
新潮社 2,310円
『クロワッサン』1136号より
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