片桐はいりさんが友人を訪ねて伊豆大島へ。女ともだち同士の、いい関係とは。
片桐はいりさんにとっての、そんな相手とは。
撮影・津留崎徹花 文・堀越和幸
距離があるからこそ深まる縁。女ともだち同士の、いい関係。
某月某日。俳優の片桐はいりさんは久しぶりに伊豆大島に訪れた。港区海岸の竹芝ふ頭からジェット船に揺られて1時間45分。島の港からさらに車を30分ほど走らせた波浮港(はぶみなと)にある『Hav Cafe(ハブカフェ)』。そこは2年前に放映された片桐さん主演のドラマ『東京放置食堂』(テレビ東京系)のロケ現場であり、オーナーの寺田直子さんに会いに行くのは、ドラマが終わってから、これで2回目のことになる。
片桐はいりさん(以下、片桐) 来るときにタクシーの運転手さんとおしゃべりしてたんですが、島には信号が6つしかないんですよね?
寺田直子さん(以下、寺田) そうです(笑)。
片桐 波浮港につながるこの坂道を下りたときに、わあ、帰ってきた!という気持ちになりました。
寺田 私も波浮港から見る店の通りの眺めが大好き。この通りの顔を守りたいから、わざわざ古民家を改築してカフェを始めたくらいですから。
片桐 ドラマの撮影時には寺田さんには本当にお世話になりました。
寺田 トラベルジャーナリストという仕事柄、これまで基本一人で仕事をしてきたでしょう。それがちょこちょこ撮影現場に顔を出しスタッフの方からいろいろなことを聞かれているうちに、チームワークが楽しくなり、仲間っぽくしてもらったことがうれしかったです。
片桐 島には島ルールがありますもんね。こっちは撮影する気満々で、スケジュールには夜中の26時とか28時とか平気で書いてあったんですけど、ここでは20時はすでに夜中で(笑)。
寺田 特にこのあたりは高齢者が多いし、それに港だから朝4時から人が働き出しますから。
片桐 寺田さんとは撮影のあいまにちょこちょこくらいしかお話しできなかったんですが、お店の2階をお借りして着替えたり、トイレを使わせてもらったりしてるうちにそこに置いてある本や漫画を見ていて思いました。お、この人はきっと私と趣味が合うって。
寺田 はいりさんと同じ、私も、旅はもちろん、映画も好きなので。
片桐 そもそも寺田さんはなぜ伊豆大島に興味を持ったんですか?
寺田 実家が調布にありまして、調布には伊豆大島に飛んでいる飛行場があるんですよ。その小型機だとわずか25分で行ける。ちょくちょく通うようになったのは17〜18年くらい前からでしょうか。仕事で疲れたりするとふらっとやってきて何をするでもない、海や空を見てただボーッとする。それがすごくリチャージになる。
片桐 ああ、わかるなあ(しみじみ)。
寺田 都心からたかだか120kmしか離れていない、しかもここも東京なのにスコーンと抜けた“島時間”がある。
片桐 私はドラマで訪れたのが初めてだったんですけれど、当初は熱海のちょい先の島でしょう、くらいのイメージしかありませんでした。が実際に来てみると全然違った。これはもうハワイじゃないですか! ハワイといってもオアフではなくハワイ島のほう。それに近い原始の島ですよ。火山はあるし、砂漠はあるし、道路にはガードレールが少ないし、コンビニもない。
寺田 そうですね。そんな中でもこの波浮港はその昔は“風待ちの港”として栄えた時代があって、こんな短い通りなのに何でも揃っていたようです。銭湯から、寿司屋、蕎麦屋、タバコ屋それこそ映画館なんかもあって各地から漁師が集まってきては、安航を期して風や海が凪ぐのを待つという。
片桐 来るものは拒まず、みんなを受け入れる賑やかな港だったんですね。
知り合ってからまだ2年足らず。しかも連絡もたまにメールをするくらい。それなのに、二人のやりとりはまるで旧知の知り合いのよう。店前での撮影を終えて、防波堤に向かう片桐さんを発見すると、島の人々はパッと顔を輝かせて、お帰りなさい、という会釈をする。片桐さん60歳、寺田さん61歳、世代も一緒だ。
片桐 ドラマをやって一番うれしかったのは、島の人たちに自分が住んでいるところがこんなに素敵なとこだって思わなかったって言われたことです。
寺田 ロケ中はいろいろありましたけど、私はこのお話をいただいたときに、間違いなくこれは伊豆大島の財産になると思いました。
片桐 寺田さんは今は完全にこちらに移住されているんですよね?
寺田 はい。当初は都心の事務所と2拠点を考えてたんですけど、コロナで仕事も先細りしはじめ、思い切って引き払うことにしました。
片桐 その決断力がすごいよなあ。
寺田 私は27歳で独立してフリーランスになったんですけど、50代になってからだんだん体力も落ち始め、それまでいろいろな国に行って感じていたドキドキワクワクが年々薄らいでいくのを感じていたんですよね。
片桐 なんとなくわかる……。
寺田 そういうのもあって今の仕事を続けるにしてもやり方を変えていきたいなと。どうせドラスティックに変えるなら早いほうがいいと。で、55歳のときにこの古民家に出合った。体が弱ったり、収入が減ったりしてからでは、チャレンジできなくなると思って。
片桐 なんというタイミング。ご縁があったんですね。
昨年の夏、片桐さんはドラマを終えてから初めてプライベートで伊豆大島に遊びにやってきた。そして、その滞在中になんとぎっくり腰になってしまい……。
寺田 はいりさんは何歳まで生きたいとか、何歳までに何かをしたい、とか考えることはありますか?
片桐 あんまりそういうことは考えないんですけど、ちょっと前になんだか体の調子が悪くて、もしかして……と、心配になったことがあって。若い頃だと、あー、まだやりたい仕事もあるし、行ってない国もある、とかいろいろくよくよ考えるじゃないですか。でもそのときの私は、ああ、これで老後を経験しなくて済むかも、ラッキー、という思いが頭をかすめたんですよ。
寺田 えーー!?
片桐 知っている人を送るのは悲しいから送るより送られたい、くらいに考えてしまったんです。でも昨年の夏、寺田さんにご迷惑をかけてしまったぎっくり腰のときに……。
寺田 ああ、あのときは大変だった。
片桐 寺田さんがいろいろ気を回してくださり、仕事を全部お休みにして、とにかく明日は自分が送ってあげるから、って世話をしてくださって。そのとき私思ったんですよ。
寺田 うん、うん。
片桐 そうか、つらいときは「助けてくれー!」って叫べばいいんだって。今までずっと我慢して生きてきたんですけど、助けてくれる人がいるというのは本当に幸せなことなんだと実感したんです。自分でズボンが脱げないなら脱がせてもらえばいいんだ、って。
寺田 きっとそうなっていくんだよね。
片桐 うん、でもそうしてまでただ長生きしたいというのはまた別問題で。
寺田 確かに。ただ、家族でも夫でもなく、いい距離感があるからこそ逆に素直に甘えられる、そういう関係はきっとあるかもしれない。
片桐 それを知ったことは私の強みになりましたよ。寺田さんはこれまでに90カ国以上も旅をしてきて、いろんなところに仲間がいるんですか?
寺田 まあそうですけど、でもはいりさんもきっとそうでしょう? グアテマラには弟さんがいらっしゃるし、フィンランドとか、インドとか?
片桐 さっきの寺田さんの話ではないですけど、私も最近旅行の仕方がちょっと変わってきた気がするんですよ。
寺田 と言うと?
片桐 若い頃は何も知らない土地を冒険のように一人でガンガン出かけていくのが大好きだったけど、最近はあそこに行けばあの人がいる、会える、というのが幸せだなと思えるようになってきていて。
寺田 新しいことばかりを求めるのではなく?
片桐 そう。新しい情報はもうよくて、行った先でおしゃべりをして美味しいものを食べて、それで満足するという。
寺田 ああ、それよくわかるなあ。
片桐 それに私の場合、旅先で出会った人とつながることのほうが多いんですよ。昨日もインドで出会った仲間が東京に遊びにやってきて、さっそく食事会をやってきたくらいですから。
片桐さんの無類の映画好きはつとに有名で、映画に恩返しをしたいという理由から、今でも地元の映画館〈キネカ大森〉で、時折、もぎりをやっている。一方、寺田さんは映画館のないこの伊豆大島でいつか映画の上映会を行いたいという夢を持っている。
片桐 そこに行けばあの人に会えるしその仲間にも会える。『Hav Cafe』もそうですが、つまり“ハブ(物事を繋ぐ中心軸)”っていうことですよね。理想としては、日本にも世界にもそういうハブをいくつも作ってそこを巡って生きていけたら楽しいでしょうね。
寺田 それは本当に楽しそう! 私は今まで取材をする側だったんですけれど、カフェを始めてからは本当にいろいろな人が集まってくる。それこそ、はいりさんのドラマもそうだし、今まであまり接点のなかったお子さん連れのお母さんとか、学校の先生とか。で、今度はお客さん同士が仲良くなって新たな信頼関係が生まれたり。
片桐 映画の上映会もいつか実現するといいですよね。
寺田 伊豆大島を舞台にした古い映画がけっこうあるので、皆さんを集めてそんなものを上映してみたい。
片桐 いいですねえ。私の勝手なイメージなんですけれど、野外の上映会で、風でバタバタッて揺れるスクリーンで観るなんてのもよくないですか? 雨が降ったらそこで終了、みたいな。
寺田 そういうのも面白いかも。そうしたら、はいりさんにはもう名誉実行委員長をお願いします。
片桐 了解しました。そのときにはもちろんもぎりもやりますから。
『クロワッサン』1099号より
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