「あれが龍野芸者の代表です」。太地喜和子のシリーズ最高傑作。『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』│山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」
言わずと知れた国民的シリーズ『男はつらいよ』。1976年(昭和51年)公開の『寅次郎夕焼け小焼け』は、マドンナに迎えた太地喜和子の稀有な魅力がハジけています。
寅さん(渥美清)が飲み屋で出会ったこぎたない老人(宇野重吉)、実は日本画の大家だった! 播州龍野(兵庫県たつの市)で再会した画家に便乗して接待三昧の日々を過ごす寅は、龍野芸者のぼたん(太地喜和子)と出会う。ぼたんは悪い男に騙し取られた金を返してもらうため上京するが……。
文無しのワガママ老人に親切にしたところ、画用紙にさらさらっと描いた絵に7万円の値がつき、有名な画家であることがわかるドタバタパートからしてご機嫌なシリーズ第17作。マドンナの太地喜和子はこの前年に、瀬川昌治監督の『喜劇 女の泣きどころ』でストリッパーを演じていただけあって、水商売に生きる、気のいい女を演じたら右に出る者なし。芸者役も完璧なはまりっぷりです。
清楚な美人タイプのマドンナを前にすると、借りてきた猫のようにかしこまる寅さん。しかし自分と同じ匂いのする女性の前では、また別の顔を見せます。腐れ縁の歌手リリー(浅丘ルリ子)とはフーテン気質の〝陰″な部分で惹かれ合い、反発し合う一方、本作の芸者ぼたんとは、底抜けにカラッとした〝陽″の部分で共鳴します。とにかくウマが合う2人。顔を合わせただけでお互いテンションMAXまでブチ上がり、ゲラゲラ笑って冗談ばかり言う掛け合いがとにかく楽しい。別れ際、「いずれそのうち世帯を持とうな」「ほんま? 嘘でもうれしいわ!」なんて小粋な会話にぐっときます。
舞台の巡業途中、48歳で事故死した太地喜和子。落ち込んだ時こそ「さぁ飲も飲も!」と豪快な笑顔を見せる、堅気じゃない女性独特の色気が圧巻です。シリーズのお約束を破ってラストの失恋が描かれないのは、寅さんにとってマドンナというより、バディ(相棒)に近かったからかもしれません。
やまうち・まりこ●作家。11月3日までゲストキュレーターを務める企画展が富山県美術館で開催中。
『クロワッサン』1029号より
広告