くらし

【歌人・木下龍也の短歌組手】夏の短歌、集まっています。

〈読者の短歌〉
足の本数が多めに見えるから鏡で休まないでくれ蚊よ
「鏡にとまった蚊を見てゾッとしたときのことを短歌にしました。足が倍に見えるんですよね。」
(平井まどか/女性/テーマ「夏」)

〈木下さんのコメント〉
この光景を容易に想像できるのは「足の本数が多めに見える蚊」が記憶の中にいるからですよね。遅れてやってくるかゆみのように記憶を引き出してくれる短歌です。ああ、かゆい。

〈読者の短歌〉
パンはパンって感じがしなくてポコンとかそんな名前がいいと思うな
「車をブーブーと言うみたいに小さい子がパンに名前をつけるとしたら絶対にパンにはならないだろうなと思いました。」
(山脇拓哉/男性/テーマ「パン」)

〈木下さんのコメント〉
子どものような無垢さで常識をやさしく壊そうとする1首。ちょっと「ポコン」屋さんに行ってきます。

〈読者の短歌〉
年下の球を年下が打ち返し年下たちが見送っている
(岡本雄矢/男性/テーマ「夏」)

〈木下さんのコメント〉
少年野球っていつも輝いてますよね。57577に収めるならば、

年下が投げ年下が打ち返し年下たちが見送っている

ですかね。「の球を」を「が投げ」に変更することで「年下」「年下たち」に続く言葉を動詞に統一することができます。こうすることで「球」が消えても、何をしているかは伝わる。影を置き、実物を想像させるという詩的な魔球を披露することができます。

〈読者の短歌〉
お~いお茶 お~い鳥たち お~い空 ニューノーマルな 夏よこんちは
「木下さんの短歌のコーナー、いつも楽しく読んでいます。このコーナーのおかげで短歌をふと思いつく瞬間があり、とても満ちた気持ちになります!」
(ななぽっぷ/女性/テーマ「夏」)

〈木下さんのコメント〉
手元→中空→上空と移動する目線。動きとしてはとても自然で、このひねりのない普通さが、異常を取り込み日常とする「ニューノーマル」の存在を際立たせる。受け入れなければならないそんな「夏」。重いニュースで溢れる世界に対して、我々には「こんちは」くらいの軽やかさが必要なのかもしれない。

〈読者の短歌〉
その先も生きるつもりでいる俺が安い長袖を七月に買う
(SAMIDARE/男性/テーマ「夏」)

〈木下さんのコメント〉
僕はこれができないんですよ。冬の服は寒くなってから、夏の服は暑くなってから買ってしまいます。在庫処分で安くなっている冬服を今のうちに買っておけばいいんですどね。「を」を抜けば57577になりますが、安易に助詞を抜かない姿勢に敬意を表します。

その先も生きるつもりで七月に目覚めて安い長袖を買う
この先も生きるつもりで七月にいて割引の長袖を買う
まだ生きるつもりの俺が割引の長袖を手に入れる七月

などの推敲はできそうですね。

過去の「短歌組手」もぜひチェックしてください。(撮影:木下さん)

木下龍也
1988年、山口県生まれ。2011年から短歌をつくり始め、様々な場所で発表をする。著書に『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』がある。

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