激動の人生を圧巻の歌声とともに体感。映画『アンドレア・ボチェッリ奇跡のテノール』
文・小田島久恵
全盲のテノール歌手アンドレア・ボチェッリの自伝的小説を、英国人監督マイケル・ラドフォードが完全映画化した作品。ボチェッリといえば、’96年に世界中で大ヒットした曲「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」や、ディズニー映画『くるみ割り人形と秘密の王国』のエンディングテーマなどが有名だが、プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の主役を全幕歌うなど、本格的なオペラ歌手としても活躍してきた。楽譜も指揮者も「見えない」ボチェッリが、世界から愛されるスターになったのはなぜか。その背景が、トスカーナ地方の自然と憂いのある色彩感で描かれる。
主人公の名前は「アモス」。ボチェッリが小説の中で自分に譬えた少年の名前で、イタリアの小さな村に住む素朴な両親に愛され、育っていく。数人の子役が子ども時代のボチェッリを演じるが、どの子役も愛らしく、つらい目の手術を繰り返しながらオペラの世界に引き込まれていく様子を繊細に表現する。サッカーの授業中に目に当たったボールが原因で、失明に至るシーンは悲痛で、世界が終わってしまったかのように叫ぶ母親の演技が心に刺さる。
成人したアモスを演じる英国人俳優トビー・セバスチャンは、青年時代のボチェッリと瓜二つで、視覚の代わりに全身で音楽や空間を「感じる」微妙な演技を見せる。ピアノの弾き語りのアルバイトをしている場末のバーで、ヴェルディのオペラ『椿姫』の「乾杯の歌」を歌い出す場面は鮮烈だ。映画の中の歌声はすべてボチェッリ本人による吹き替えで、人々がその「聖なる歌声」に魅了されていく瞬間を鮮やかに描き出していく。彼を猛特訓し、一流の声楽家に成長させていくマエストロを、アントニオ・バンデラスが好演。チャンスが巡ってくるまで何年も沈黙をして待つ主人公の忍耐が、原題の「沈黙の音楽」という言葉を思わせる。苦境にあっても人生は必ず花開く、という強いメッセージが込められた作品だ。
『アンドレア・ボチェッリ奇跡のテノール』
監督:マイケル・ラドフォード 原案:アンドレア・ボチェッリ 脚本:アンナ・パヴィニャーノ、マイケル・ラドフォード 出演:トビー・セバスチャン、アントニオ・バンデラスほか。11月15日より東京・新宿ピカデリーほかにて全国順次公開。(C)2017 Picomedia SRL.
『クロワッサン』1009号より
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