【白央篤司が聞く「自分でお茶を淹れて、飲む」vol.11】須田奈津妃(編集者)きっかけは学生時代の中国旅行——お茶をかたわらに、軽快に生きる
取材/撮影/文・白央篤司
たっぷり淹れて、常にかたわらにおく
いかにも編集者の部屋、という感じであちこちに本が積まれていた。面白そうなタイトルのものばかり、つい手に取りたくなってしまう。本の他にはベッド、そして葉の形が面白い観葉植物が数点と、仕事机にキッチンだけのシンプルな住まい。机上にはパソコンが置かれ、その脇に大きめの湯呑みがあって、冷蔵庫の上に中国茶の缶が3つ並んでいるのが印象的だった。
「茉莉花茶(ジャスミンティー)にそのときの気分で、菊茶やくこの実を加え、たっぷり煮出して保温ポットに入れておくんです。淹れるのは夜が多いですね、仕事を終えて帰ってきてから。夜は焼酎とお茶割りにして、お笑い動画なんか見つつ飲んだり、翌日の午前中にお茶だけを飲んでゆっくりしたり」
いちいち急須で1~2杯分を淹れるのは面倒で性に合わないのです、と笑って教えてくれる。中国茶をよく飲むようになってもう長い。きっかけは学生時代の中国旅行だった。
「20年前、大学生のとき北京に行ったんですよ。理由ですか? エアチケットがとにかく安かったから、ただそれだけ(笑)。でもあらゆるカルチャーが違うのと、スムーズに旅できないのが私には面白くて、中国にハマりました」
ハプニングはしょっちゅう。宿の受付が全然開かずにチェックインできなかったこともあれば、予約したはずの宿が存在してないことすらあった。「困るけど、そこが“いかにも”って感じで私には面白くて。ハプニングを乗り越えていく、いわばクエスト感がたまらないんです」と笑う須田さんが痛快だった。ここでいうクエストとは、探検旅みたいな感じだろうか。
これまで10回ほど中国を訪ね、41歳のときには半年ほど上海に短期語学留学もした。中国で印象的だったことは数え切れないほどあるが、そのひとつがお茶と人々の密接な関係という。
「とにかくみんなお茶をよく飲む。お店やオフィスなんかのぞくと、誰もがデスクでお茶を淹れて飲んでるんですよ。それもしょっちゅう。茶葉を入れられる水筒を持ち歩く人も多くて。鉄道なんか大体の駅でお湯を足せるスポットがある。あのシステムはいいですねえ、うらやましい」
老若男女がおのおの自分で茶を淹れる姿が新鮮だった。「オフィスや市場などで、ジジたちが自分でお茶を淹れるのがかわいいんですよ(笑)」
お茶を飲むのはリラクゼーションとか気分転換の意味など特になく、「ただただ水分補給」ときっぱり。茉莉花茶、くこの実、菊茶のミックスバランスも「本当に適当です」と言い切る。それぞれの商品に対する思い入れもなく、訪ねた中国物産店にあったもの。たっぷり淹れて、常にかたわらにおく。これが須田さんのお茶生活だ。味が好きで飲み続けてはいるが、「無いと私の生活にならない」とまでの執着は持ち合わせていない感じ。そこに、須田さんが大事にしているであろう軽快な生活がうかがえてきた。
編集という職に就いて、ちょうど20年が経つ。近い将来には日本の書籍を中国に紹介するようなビジネスにも関わりたいと考えている。
「日本のメンタルケアに関する本やフェミニズムについての本が特に近年、中国で人気です。あちらは大変な学歴社会で、学生時代ずっと勉強していざ社会に出てもよい職に就けないことも多く、それで病んでしまう人も多くて」
うーん、まさに日本社会がここ30年で体験してきたこと。中国の人にとってヒントとなるケースや考え方は豊富に存在するかもしれない。40代という働き盛りを須田さんは今後、どう過ごされていくだろうか。
「私はフリーランスという生き方を選んでいますが、それは、したくない仕事はやりたくないという理由も大きくて。会社員だと仕事内容を決められるのは当たり前ですから」
この本はきっと読者に良い影響を与える、この人の本を世に出すことは意義があると自身が確信を持てる著者を見つけ、起案して書籍化することに強いやりがいを感じている。
日に日に世界が悪くなる……なんて歌詞が沁みる現代。ちょっとでも社会を良くしたい、という願いが須田さんにはある。「そのためにできることって、いい本を作っていくこと。私にはそのぐらいしかできないけれど」と少し照れたような表情で、でもきっぱりと須田さんは、言った。