『風は西から』著者、村山由佳さんインタビュー「一筋の光が見える物語にしたかった。」
撮影・千田彩子
4月は新入社員の季節だ。スーツ姿が初々しい彼らを見かけると、眩しいやら気恥ずかしいやら。でも心の片隅では、そっと応援したくなる人も多いに違いない。
村山由佳さんの新刊は、希望に満ちて入社した会社が、じつはとんでもないブラック企業で、追い詰められた挙句に自殺という選択をしてしまう27歳の健介と、自分の仕事も懸命にこなしながら、企業側の責任を厳しく問う健介の恋人・千秋を中心とした物語だ。
「この小説の構想を練っていたときは、まだ大手広告代理店の過労自死問題も起きていませんでした。でもどんなに痛ましい事件が起きても、それは自分とは関係ないと思ってしまう人も多いはずです。なんでそんな職場からさっさと逃げなかったんだとか、すぐに心が折れてしまうくらい弱かったんじゃないかとか、その人の問題であるような後ろ指をさしたり……」
それはネット社会の弊害でもある。いまは匿名の下に言いたいことを言える世の中だし、肯定するよりも批判するほうがかっこいいという誤解もある、と村山さん。しかし、
「本当に追い詰められたら人は普通の判断ができなくなるんです。真面目な人ほど割を食うことを他人事ではなく、どうしたら多くの人に受け止めてもらえるか考えながら書きました」
この小説は、上毛新聞をはじめ、13紙に連載されていた新聞小説が元になっている。連載を始めるにあたって、あらすじを知っている読者からは「どうか健介を死なせないでほしい」という声がいくつも寄せられた。疲れ切った健介が死を選ぶ直前に買っていたのは、目覚まし時計とコンビニで温めてもらった海苔弁当。明日も生きようとしていた証しなのに、それをふっとまたぎ越えてしまう瞬間の恐ろしさ。
「本当は親を残しては死ねないし、恋人を残して死ねないはずです。でもブラック企業関連の資料を読むと経営者が鬼のような企業理念を社員に押し付けていたりする。それがやる気のある若者を追いつめ、潰してしまう」
20代の子を持つ親だったら、いま、自分の息子や娘がこんな大変な思いをして働いているのではないかと心配になるかもしれない。しかし、恋人を失った悲しみを乗り越え、千秋が健介の両親と共に闘う姿に一筋の光を見出すことができる。健介の両親が話す広島弁も温かくて、重いテーマながら爽やかな読後感が残る。
幻冬舎 1,600円
『クロワッサン』972号より
広告